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2. ジョナと夫たち②


 休暇の一週間、ジョナは実家でダラダラ過ごしていた。すると、父が書類を持ってくる。


「新たな契約結婚の依頼だ」

「もう、空き時間がなくてよ、お父さま」


 ジョナはバッサリ断った。これ以上は無理。休暇がなくなってしまう。


「ジーナ、ジーン、ジョリーには死んでもらう」

「まあ、穏やかじゃないわね、お父さま。それほど大物なの?」


「大物だ。ただし、ジョナが会って、気が進まなければ断ってもいい」

「ふーん。面接はいつ?」


「明日だ。詳細は、書類を読むように」

「はーい」


 ジョナは、長椅子に寝そべったまま、ダラシない格好で書類を読む。ジョナは少しだけ、興味が湧いてきた。


 翌日、対面したモーリッツにジョナはいつも通りに問いかけた。


「舞台監督のモーリッツ様。私との契約結婚をお望みとのことですが。かけもちでもいいですか?」

「かけもちは、絶対にイヤだ。僕が君との契約結婚に望むことはね」


 モーリッツはジョナに近づいた。


「舞台女優として、僕と世界を旅してくれること。主演女優として、歌って踊って、観客を魅了してくれること。それを、無期限で」


 ジョナは目を丸くして肩をすくめる。


「まあ、それはお高いですわよ」

「もちろん。君を安く買い叩くつもりはない」


「私、踊りは得意ですけれど、歌はそれほどでもなくってよ」

「知っている。この前の夜会で見たからね」


 ジョナはニヤッと笑うと、踊り始めた。ジョナのおかしな歌に、モーリッツがピアノで伴奏を始める。ジョナは華麗に歌い上げると、優雅に礼をしてみせる。


「それで、この茶番はいったいどういうことですの? アレクサンドロ・カール・モーリッツ第三王子殿下」

「バレたか」

「当たり前です。そんなカツラとヒゲで、王家の影を父に持つ私の目は騙せませんわ」


 幼いときから、あらゆる王族と貴族の絵姿で、名前と顔を叩き込まれたのだ。父は、そういうところは徹底している。「王家の影になれれば、結婚できなくても食べていける」父はそう言って、ジョナに英才教育を施してくれた。残念ながら、王家の影ではなく、契約結婚が本職になったが。あのとき得た知識は、ジョナの仕事にとても役立っている。


「バレてよかった。あのときに言った通り、ジョナに結婚を申し込みに来たんだ」

「覚えていたのですね」

「当たり前じゃないか。王子を助けに来てくれたお姫さまを、一瞬たりとも忘れたことはない」


 モーリッツは跪いて契約書と指輪をジョナに差し出す。


「ジョナが望む通り、色んな国に行こう。僕は外交官と舞台監督、ジョナは外交官夫人と舞台女優。ふたりで二つの仮面をつけ、ハラハラドキドキして暮らそう」


「本当に? 陛下と父が許してくださるかしら」

「ふたりの許可はとったよ」

「まあ」


「待たせてすまない、ジョナ。僕と、きっちり契約を交わした上で、一生を共にしてほしい。契約書は交わすけど、偽装ではない本当の結婚をしたい。僕と結婚してください、ジョナ」


「いいですわ。いいですとも」


 ジョナは契約書と指輪ごと、モーリッツを抱きしめた。


***


 ふたりの出会いは、遡ること十年。王族に伝わる儀式のときであった。


 第三王子のモーリッツ。十歳のときに、王宮の秘密の地下道に入った。地下道の奥の祠にある魔石を持って帰ってくるためだ。それを持ってきて初めて、正式な王族と認められる。狭くて小さな地下道。大人は通れない。よって、崩落しそうな壁の存在は、気づかれることなく、放置され、モーリッツの上に落ちてしまった。


 戻ってこない我が子のため、国王は騎士団の若者を救出に向かわせた。しかし騎士団の若者は体が大きくて、モーリッツの元まで辿り着けない。


 モーリッツと同い年のジョナ。王家の影を父に持つジョナが、手を挙げた。


「わたしが行きます」


 国王はためらったが、ジョナは止まらない。


「わたしの体にヒモをまいてください。まよわず帰ってこれるように」


 ジョナは長い長いヒモを巻き、ヒモの端を父に託した。


「王子さまは、わたしが必ず助けます」


 ジョナは水の入った革袋と、小さなカバンにオレンジと固いクッキーを入れ、勇敢にも地下道に入って行く。光のない地下道。ジョナはでも、怖くなかった。父の娘だもの。王族を助けるのよ。使命感に突き動かされ、一心不乱に歩いた。


 最後は体をかがめて歩かなければならないほどの、小さな道。岩の下に王子が見えた。


 ジョナはモーリッツを岩から引きずり出し、ささやく。


「王子さま、助けにきました。水を飲んで、オレンジとクッキーを食べてください」


 ジョナは、モーリッツの足に包帯を巻き、手をつなぎ、ゆっくり元来た道を戻る。

 王子を元気づけるため、ジョナは歌った。


「歌が上手だね」

「いつか女優になりたいの。色んな国の舞台で、歌ったり踊ったりしたいの」


「僕と一緒に行ってくれる? 強くなるから」

「ホントに?」

「約束する。ジョナを必ず迎えに行く」


 モーリッツとジョナは、約束の証として、宝物を交換した。ジョナのリボンがモーリッツへ。モーリッツの指輪がジョナへ。


 無事に父の元に戻ったジョナとモーリッツ。モーリッツはすぐに国王に懇願する。


「父上、大きくなったらジョナと結婚させてください。そして、ジョナと共に色んな国に行かせてください」


 国王は、まんざらでもない表情をしたが、ジョナの父は厳しい顔で首を横に振る。


「なぜだ、モーリッツではジョナに不足だとでも?」


 国王の問いに、ジョナの父は真摯に答える。


「陛下、殿下。我が一族は王家の影。王家の犬。王家のために命をかけて尽くすために存在いたします。娘が殿下と縁づくなど、あってはならないことです」


「ふむ。私は構わないと思うがな。代々、忠誠を尽くしてくれていること、感謝しておる。それに、子爵家なのだ。無理を通すことも、不可能ではない」


「陛下、もったいないお言葉、痛み入ります。お言葉ではございますが、今は時期尚早では。殿下は、今は娘にお気持ちが向いていらっしゃるでしょう。ですがそれは、命の危機だったからかもしれません。時が経ってもお気持ちが同じなら、その段階でご判断なさる方がよろしいのではないかと」


 モーリッツは、「心は決して変わらない」と何度も言ったが、ふたりの父親は時間をかけて検討すると決めた。


 モーリッツは、猛烈に努力した。各国の言語や文化を学び、外交部で働き始めた。身分を偽って、劇団の下働きから少しずつ上り詰めた。掃除、衣装の洗濯、舞台設営、照明、音響、脚本、ついには監督にまで。


 無様に岩の下敷きで死にかけた自分を、命懸けで助けてくれたジョナの隣に並び立つために。



 一方、ジョナも静かにモーリッツを待った。もしもモーリッツが自分を忘れても、自活できるように力を蓄えて。モーリッツ以外と結婚しなくてもいいように、でもいざとなったら誰かと結婚できるように、恋多き女を演じた。


 ふたりきりで会うことは、許されなかった。王子と、王家の影の娘。身分が違いすぎる。ウワサになると、王家の威信に傷がついてしまう。モーリッツは変装して夜会に出ては、遠くからジョナを見つめた。


 ジョナは年に一度届く小包みに、勇気づけられた。差出人は書いてない。中には、小さなオレンジと固いクッキー。手紙も何もない。でも、ジョナにはそれで十分。オレンジとクッキーをゆっくり大事に食べ、また一年、モーリッツを待とうと決意を固める。



 十年、ふたりはそれぞれの方向性で邁進した。


「待たせてすまない、ジョナ。君が好きだ、あのときからずっと、変わらず好きだ。僕の勇敢なお姫さま」

「すっかり待ちくたびれましたけど、許して差し上げますわ。私の一途な王子さま」


 モーリッツの震える唇を、ジョナは情熱的に受け止めた。


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