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契約結婚ですか?かけもちですけど、いいですか?【連載版】  作者: みねバイヤーン(石投げ令嬢ピッコマでタテヨミコミック配信中)


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18. 前向きなマリオ①


 マリオは生まれたときから詰んでいた。娘ばかりいる貴族家に、四女として生まれてしまった。女は結婚する以外、まともに食べて行くすべがないレッツェブルグ王国で。


 両親は頭を抱えたらしい。


「なんということだ。今度こそ男子だと思っていたのに」

「どうしましょう、あなた。我が家には四人分の持参金は無理ですわ」

「背に腹は代えられぬ。この子は男として育てよう」


 貧乏貴族だから仕方がなかったのだ。マリオは色んな理不尽には目をつぶり、心の中の不満は押し殺し、自分にできることをやってきた。幸い、マリオはとても頭がよかった。計算が得意で字もキレイ。父の稼業である書記の仕事を、幼いころから叩き込まれ、着実に成長した。国政に関する書類も、父と共に任されるようになった。


「優秀なご長男ですわね。書記官から徴税官に出世なさったとか」

「まるで女の子のようにかわいらしいお顔立ちですもの。将来が楽しみですわね」


「どうかしら、うちの親戚に同じ年頃の娘がおりますのよ」

「ああ、いや、それはそのう。婚約などはまだまだ早いのではないかと思います。本人が今は仕事に専念したいと言っておりますので」


 ちらほらと持ち込まれる婚約話は、父が歯切れ悪く断った。当たり前だ。女同志で婚約して、どうするというのだ。万一、抱擁などする羽目になって、女であることがバレたら大惨事ではないか。せっかく仕事が軌道に乗ってきたというのに、貴族界から追放されてしまう。婚約もデートも、一切ダメ。マリオは実に禁欲的に生きてきた。


「マリオ、本当にごめんね」


 すぐ上の姉は嫁に行くとき泣いて謝った。


「姉さま、姉さまのせいではありませんよ。それに、私は手に職がついてよかったと思っています」

「髪も、ここまで短くすることはないでしょうに。男の子でも、長髪の子はいるでしょう」

「姉さま、なまじ顔がかわいいから、髪の毛でごまかさないと女だと疑われてしまうかもしれません。それに、乾かすのが簡単だから気に入っているのですよ」


 マリオの髪の毛は、刈り取られた麦の茎ぐらい短くツンツンしている。かろうじて丸刈りではないが、貴族男子の中でも最も短い部類。文字を書いていて手が疲れたら、頭を撫でると、いい気分転換になる。


 男としての人生をそれなりに楽しんでいたマリオ。十五歳のときにマリオとしての生涯を終えることにした。


「父上、母上、さすがにこれ以上は無理です。マリオは流行り病で亡くなった。そういうことにしてください」

「なにを言うのだ、マリオ」

「そうよ、死ぬなんて、とんでもないわ」


「いえ、実際に死ぬわけではありませんが。ともかく、これ以上、世間を欺き続けるのは不可能です。背も伸びない、ヒゲも生えない、筋肉もない。同じ年頃の男子と並べば一目瞭然。短髪と男物の衣装でごまかすのは限界です」


 さめざめと泣き、現実を見ない両親を、マリオはきれいさっぱり見限ることにした。


『父上、母上、さらばです。マリオはこの国を去ります。姉さま、今までありがとう。落ち着いたら手紙を出します。マリオ』


 置き手紙をし、自分で運べるだけの荷物をカバンに詰め、家を出た。


「目指すはリヒトヘルレン王国」


 書記官と徴税官。ふたつの仕事で得た知識と技術で、どこの国でも問題なく通過できる身分証と通行証を作った。徴税官の仕事で知り合った商隊と話もつけている。


「これからお世話になります」

「なあに、心配ご無用。無事にリヒトヘルレン王国まで送り届けますよ。マリオ坊ちゃんには何かとお世話になりましたからね」


「あ、その名前、もう捨てたので。これからはリオって呼んでください」

「おお、そうだった。失礼しました」


 商隊長は、分かってますよと頷く。商隊長はマリオが親に黙って国を出ていくことも、見て見ぬフリをしてくれている。


「リオ坊ちゃんには、この国は小さすぎる。リヒトヘルレン王国の方が、リオ坊ちゃんの能力を活かせると思いますよ」

「そうだといいなあ」


 マリオ改めリオは、しみじみとつぶやく。いずれ国は出るつもりでいた。様々な国を調べ、比較していた。リヒトヘルレン王国も候補に入っていた。豊かで他国との関係がよく、戦争が起こらなさそう。女性でも働ける国がよかった。女性の意見でも、聞いてもらえる国がよかった。


「女は黙っておれ。女は子どもを産むための道具。女は男の言うことをはいはいと聞くだけの存在。そういうこと、言わない国だといいなあ」


 リオの生国は女に発言権がない。色んな国のことを知れば知るほど、自国にうんざりしたものだ。


「身捨つるほどの祖国やありや。あの詩に救われたっけ」


 そうか、自分の心を殺し、身を捨てて、滅私奉公しなくてもいいんだ。身を捨てるぐらいなら、祖国を捨ててしまえばいいんだ。あの詩を読んだとき、とても心が軽くなった。


「世界はなんて広いんだろう」


 荷馬車に揺られながら、リオは手を伸ばし、風を感じる。なんのしがらみもなくなって、身ひとつ。身分も肩書も住所もない。旅の間は少年だけど、どこかの国に落ち着いたら、いずれ女性にならなければならないだろう。しばらく年はごまかせるから、男として生きてもいい。偽造書類を作るのは得意なので、なんとかなるだろう。まずは、リヒトヘルレン王国で過ごしてみよう。まっさらな未来に、リオは思いを馳せた。


***


 荷馬車の上でくつろいでいるリオを横目で見ながら、タロンはホッとひと息吐いた。やっと、やっとだ。リオがいつ国を出る決意をしてくれるのか。そして、リヒトヘルレン王国を選んでくれるのか。いくつもの賭けだった。


「初めてリオ坊ちゃんに出会ったのは、確か五年前ぐらいでしたか」

「もうそんなになるのか。懐かしいなあ」


 リオが無邪気に笑う。


「リオ坊ちゃんには驚かされてばかりでした」

「こんなチビが徴税官をーって?」

「そうですね。いや、チビとは思ってないですけど。こんなお小さい人がって」


 タロンが言うと、照れたのだろうか、リオは短い髪を手で撫でまわしている。しばらくすると、リオは眠ってしまったようだ。寝ているときのリオは、年相応に見える。


「よかった。色んな国、多数の商業ギルドが喉から手が出るほど欲しがっていた逸材だというのに」


 タロンは五年前のことを思い出す。


「レッツェブルグ王国にいるマリオという少年を調べて欲しい。入国管理で徴税官の補佐をしているそうだ」


 世話になっているニコ親父に頼まれた。出入りの商人からウワサを聞いたらしい。ニコ親父は、リヒトヘルレン王国に必要な人材を察知する独特の嗅覚を持っている。


「入国管理の徴税官か。ということは商人として行くのがいいでしょうね」

「そうだ。だからタロンに頼んでいる」

「分かりました。ついでに儲けてきます」

「ああ、そうしてくれ」


 タロンは手の空いている間諜仲間と共にレッツェブルグ王国に乗り込んだ。複数の国と国境を接するレッツェブルグ王国。小国だが、交易の要所として栄えている。


「さて、マリオ少年のお手並み拝見といきますか」


 微妙に列の並び順を調整し、タロンは狙い通りにマリオの窓口にたどり着いた。


「よろしくお願いします。ええっと、これが通行証。積み荷の一覧。量と売り値も書いてあります」


 タロンは次々と書類を渡す。マリオは淡々と書類に目を通し、ペンをパタリと置くと、手で頭を撫でまわし始めた。ショリショリショリ。マリオが手を動かすたびに、かすかに音がする。


 そういえば、考え事をしているときに、ヒゲを触っていたらニコ親父に注意されたっけ。タロンは駆け出し時代のことを思い出した。


「ヒゲを触る。髪をかきあげる。服のシワを伸ばす。目をこする。耳をひっぱる。瞬き。咳払い。そういう、無意識の行動をやめろ。やるなら、意識してやれ。お前のクセとして敵に認識されたら、弱みになるぞ」


 そんなことを言われた。タロンは気をつけて、一つひとつのクセを止めていった。


 ショリショリショリ。まだマリオは頭を撫でている。困っているのか、それとも考えているのか。小さな頭だ。タロンなら、ひとひねりで潰せそう。


「レッツェブルグ王国での小売り許可証などお持ちではないですか?」


 タロンの不穏な考えなど少しも気づいていなさそうなマリオの無垢な目。タロンはゆっくりと許可証を出す。マリオはチラッと見ただけで、すぐに許可証を返す。


「ありがとうございます。こちらはお返しします」


 タロンは許可証を丁寧にたたみ、上着の内ポケットに入れた。マリオはその様子をじっと見て、小さく頷く。


「倉庫にご案内します。そこで積み荷の確認をさせてください」


 窓口から出てきたマリオは、タロンが思っていたよりもずっと小さい男の子だった。まだほんの子どもじゃないか。タロンのお腹辺りにマリオの頭が届くぐらいだ。危なっかしいな。こんな子どもに税関の仕事をさせるなんて。この子の親は何を考えているんだ。


「こちらに荷物を入れてください」

「はい。おーい、荷物を積み上げるぞー」

「ほいきた」


 仲間たちと手分けして、倉庫の中に荷物を運ぶ。種類ごとに分かりやすくまとめていった。倉庫の中に木箱が整然と並ぶ。マリオは荷物一覧書を見ながら、木箱を確認していく。


「これが毛皮ですね。中を見せてください」


 中に何が入っているか、木箱の側面に書いてある。リヒトヘルレン王国の文字で記されているのだが、マリオは問題なく読み取っているようだ。


 タロンは木箱の蓋を開け、中の毛皮を取り出す。マリオが目を丸くした。


「これはひょっとして赤狼の?」

「そうです。リヒトヘルレン王国の辺境で増えすぎていた赤狼が討伐されまして。せっかくなので輸出することにしました」


「こんな高価な毛皮、一体誰に売るつもりですか?」

「まあ、そこは、ほら。貴族に伝手のある仲買人にね」


「なるほど。高級品の関税は一割です。お分かりだと思いますが、仲買人をお呼びの際は、私にもお声がけください。関税を徴収しないといけません」

「はい、もちろんですとも」


 タロンはもみ手をしながら愛想良く笑う。


「こちらは、毛織物ですね。見せてください」


 タロンは木箱をひとつ開ける。


「マントですか。ああ、柔らかいですね。とても上質ですね」

「フンラル地方の羊毛を使ったマントです。あ、そうだ」


 タロンはいくつか取り出し、広げてみる。


「これ、お近づきの印に差し上げます」


 子ども用のマントをマリオに差し出す。マリオはさっと顔色を変えて後ずさった。


「賄賂は受け取れません」

「賄賂だなんて、とんでもない。ほら、これ、ここを見てください。わずかに糸が引きつれているでしょう。買いたたかれるぐらいなら贈り物にする方がいいんですよ」

「ダメです。絶対に受け取りません」


 こわばった顔のマリオを見て、タロンは肩をすくめる。マントを木箱に戻した。


「失礼しました。気分を害さないでいただきたい」

「いえ、大丈夫です。では次に進みます。こちらは塩ですか」


 タロンは木箱の蓋を持ち上げる。中に詰まっている布袋を取り出し、ヒモをゆるめた。マリオの手の平に塩を少し出す。マリオが指でつまんでパラパラと粒のそろいを見る。その後、ひとつまみを口に入れた。


「この塩も高級品ですね」

「リューネンの塩です。最高級品です」

「塩の関税は三割と高いです。ご存知かと思いますが」


「もちろんです。仲買人から頼まれて持ってきたのです。売る手はずはついています」

「そうですか。このような塩は見たことがないです。買い手がいるならよかったです」


 マリオが口をつぐんだ。言うか言うまいか、考えあぐねているような表情をしている。


「何か問題が?」


 タロンが促すと、マリオは一歩タロンに近づき、低い声でささやく。


「余計なお世話かもしれませんが。このような高級品ばかりをレッツェブルグ王国に持ち込むのは危険ではないでしょうか」

「優秀な護衛をつけているので、大丈夫ですよ」


「それならいいのですが。あの、気になったのですが。積み荷一覧はここまで細かくなくても大丈夫ですよ。誰かに見られたら、高級品ばかり持っている商人と目をつけられませんか」

「分かりました。次回はもっと大雑把に書きます」


「そうしてください。こんな高級品ばかりなら、倉庫の中で、徴税官の目の前で書いてくださる方がお互いに安心です」

「助言をありがとうございます」


 タロンは深々と頭を下げた。マリオがホッと息を吐く。年上の商人に、お前のやり方はなってない、なんて言うのはさぞ恐ろしいだろう。


 こんな小さな子を試すようなことをして、かわいそうなことをしたな。


「それでは、倉庫にカギをかけますね。仲買人が来たら私を呼んでください。売買に立ち会い、その場で仲買人から関税を徴収します」

「はい。その前に、私からもひとつ余計なお節介をしてもよろしいでしょうか」

「なんでしょう?」


 マリオが首を傾げる。そういう仕草は細い首が目立ち、マリオの幼さが際立つ。


「あなたはとても高潔な徴税官ですね。素晴らしいことです。ですが、海千山千の商人を相手に、清廉さだけではいけません。食い物にされてしまいます」


 タロンは倉庫の奥まで戻り、毛皮が入った木箱を床におろしていく。一番下にあった木箱の蓋を開ける。


「ウサギの毛皮ですね。これがどうかしましたか?」


 タロンはウサギの毛皮を腕いっぱいに抱え、持ち上げた。下の方にある布袋が露わになる。


「ウサギの毛皮の下に、高給な塩を隠していたのです。ウサギの毛皮は関税がかかりません。ウサギの毛皮と、三割の関税がかかる塩をこっそり一緒に買えば、仲買人は税金を節約できるんですよ。仲買人とは事前に話をつけておき、節税できたお金をいくらかもらえばお互い儲かります」


 マリオの顔から血の気が引く。


「商人たちが木箱を積み上げる前に、あなたが無作為に箱を選び、開けさせるべきです。一番上の箱だけ開けたら、ごまかし放題です。私が詳細な積み荷一覧を書き、いかにもバカ正直な商人を装っていたから、私のことを信じてしまわれたんでしょう」


 マリオの細い肩が小刻みに揺れている。タロンは目をそらし、ウサギの毛皮を木箱に戻した。


「どうして」

 振り返ったときには、マリオの目はもう濡れていなかった。


「どうしてこんなこと教えてくれるんですか? 何も言わない方が、得なのに」


「それはですね。商人は腹黒いですが、全員の腹の中が真っ黒なわけではないからです。私たち商人は、あくどい徴税官が嫌いです。あなたのような清廉潔白な徴税官が増えればいいと心から願っています。でも、真っ白な雪はすぐに汚れてしまう。汚泥になる前に、ほんの少し踏み固めておきたい。強くしたい。老婆心です」

「ありがとうございます」


「いえ、本当はこういうのは上司や父親の役目だと思うのですがね。あなたはあまりにも若い。徴税官のような仕事はすべきではないと思います。でも、一方であなたは頭が切れる。あなたなら、そこそこに高潔で、繊細に見えてしたたかで、商人たちと丁々発止で渡り合える、真っ当な徴税官になれる気がする。だから、応援させてください」

「ありがとうございます」


「商人ですからね。ある程度お互いに見返りがある方が落ち着きます。私が世の中の汚さ、商人の抜け目のなさを少しずつお伝えします。その代わり、レッツェブルグ王国や近隣諸国の税制などを教えてもらえませんか。税制はしょっちゅう変わるので、追い切れていない情報もあるんですよ。どうでしょう?」

「はい、それならぜひ。賄賂ではなく、情報交換という形なら、私も助かります」

「取引成立ですね」


 タロンの伸ばした手を、マリオが握る。小さい手だ。小さいながらも、力はある。ひるむことなくギュッと握って来たマリオの手を、タロンは礼儀正しく握り返し、そっと離した。


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