死にたがってる朔
フローライト第百四話
利成と黎花が会った後、黎花から連絡が来た。
「はい」と美園が出ると、「もしもし?美園ちゃん?」とどこか興奮した様子の黎花の声が聞こえた。
「はい、そうです」
「天城さん、やっぱりさすがだね」とやはり興奮気味に言う黎花。
「どうなったんですか?」
「OKしてくれたよ。色々条件つきだけど」
「条件とは?」
(まさか黎花さんとどうこうじゃないでしょうね・・・)
利成だとあり得そうなのでちょっと怖い・・・。
「昔、天城さんの奥さんの店に朔が絵をおろしてたって?」
「はい、そうです」
「奥さんがすごく朔の絵を気に入っていて朔がいなくなった時、かなりがっかりしてたって。また以前のように朔の絵を奥さんの店におろして欲しいが一つ目」
(あー利成さん・・・明希さんのためか・・・)
「それと、朔とコラボさせて欲しいって」
「コラボ?」
「合作展を開いて欲しいって。自分の名前を大々的に出していいからということで。これは願ってもないことだよ」
「朔と利成さんが合作するの?」
「そうだよ。すごいよね。もう今からワクワクする」
「はぁ・・・」
「あとね、私がたまに開いているのはね、画家同士の交流なの」
「はぁ・・・」
「若い子が多いんだけど、ベテランの人もいて、色々勉強になるでしょ?海外でやってたっていう本格的な人もいれば、デジタルしかやってない人とか、女性も男性も色々いてね」
「はい・・・」
「その交流会に美園ちゃんも参加させろだって」
「えっ?!どういうこと?」
美園は思いっきり驚いた。
「美園ちゃんをもっと成長させたいみたいだよ。朔は一歩間違えば一瞬で壊れる可能性があるって・・・さすが、わかってんのよね」
「・・・・・・」
「朔が今後どうなるか・・・絵は間違いなく売れる、でも朔自身が危ういんだよ」
「危ういって?」
「わからないかな?前にベランダから飛び降りようとしたって言ってたでしょ?あれね、朔ははったりじゃないんだよ。本気で死にたがってるの」
「・・・知ってます。だから本気で止めました」
「あれ?そうなの?わかってないんだと思った。ま、いいや」とどこか黎花は軽い。そして続けて黎花が言う。
「朔の絵は売れる・・・朔の本質が伝わればね。そして事実売れてるのよ」
「はい・・・」
「でもあの子は死にたがってる・・・。そこで美園ちゃんが現れてくれた。あの子は美園ちゃんにはこだわってるの」
「私にこだわるとは?」
「執着だよ。美園ちゃんへの。離れてる間もね、いつも見てたよ。テレビも色々な番組に出てたでしょ?ドラマも・・・。恋愛ものには本気で嫉妬してたし・・・」
「そうなんですか?」
美園は驚いた。離れてる間、朔は美園にあまり眼中になかったみたいな言い方をしていたのだ。
「そうなのよ。朔はあなたに捨てられたら死ぬよ。脅しじゃなく」
「・・・・・・」
「でも大丈夫。朔自身が今、強くなっていく過程にいるだけだから。きっと強くなったらそんなこともなくなるよ」
「・・・・・・」
「それにはね、美園ちゃんも朔と一緒に成長して欲しいの。それが必要・・・。天城さんはそこまでは言わなかったけど、美園ちゃんが将来的に朔を支える側にいけるようにって・・・そういう思いもあるらしい」
「私が朔を?」
「そうだよ。でも、持て余したらそんなことは気にしないですぐ私に返してね」
「持て余しません」
「アハハ・・・そう?私もね、朔が好きなのよ。あの子の本質に触れると何て言うのかな・・・」
黎花が黙った。
(朔のことなら知っている・・・あの朔の絵を見た時、私も自然に涙が出た・・・)
「まあ、言葉では言えないね。今はあの子には、美園ちゃんが必要だからお願いするよ」
「・・・・・・」
「じゃあ、今後のことはまた連絡する。・・・でも、天城利成は最高だね。惚れたよ」と黎花が笑った。
「はぁ・・・でも、利成さん、もうだいぶ年ですよ?」
「アハハ・・・そうだね。でもね、肉体なんてただの入れ物、そんな風に思わない?」
(あーヤバい、この人、もろ利成さんの好みじゃん)
そう思いながら美園は「はい・・・そうですね」と返事をした。
「うん、じゃあ、朔にも今の話、伝えといて。きっとあの子、今日は眠れないよ」
黎花との電話を切って、絵に集中している朔の背中を見つめた。
(私に執着してたって・・・じゃあ、何であんな言い方?)
ま、いいか・・・人の気持ちなんて考えるだけ無駄だ。
「朔」と美園は朔に声をかけた。朔が珍しく一回で気が付いて美園の方を見た。
「あのね、黎花さんから連絡が来たんだけど・・・」
「うん・・・」
「利成さん、OKしてくれたんだけど・・・」
「ほんと?!良かった」と朔が嬉しそうに笑顔になった。
「ただいくつか条件があって・・・」
「条件?」
「うん、その中の一つが、利成さんとの合作展だって」
「合作?誰と?」
「朔とだよ」
「俺?俺と誰?」
「だから朔と利成さん」
「えっ?!」と朔がものすごく驚いた顔をした。
「俺と?天城さん?」
「そう、朔と合作展を開きたいって、利成さんが・・・」
言いかけると朔が急に叫び声を上げた。
「ほんとに?!!ガチ?!!ほんとの話?!!」
「ほんとにガチな話し」
「えーーー」と朔が失神しそうな声を出した。
「もうヤバい・・・どうしよう、美園」
「どうもしないよ。やるしかないでしょ」
「やるよ!もちろん!!うわーーーマジに?信じられない」
朔がのたうち回っているのを、美園はしばらく黙って見ていた。
「朔、やっぱり早いうちにここ引っ越そう。朔にはちゃんとしたアトリエが必要だよ」
「・・・うん・・・ありがとう、美園」と笑顔で朔が言う。
嬉しそうな朔の表情をみていると美園も何となく嬉しくなった。
その日の夜は黎花が言った通りベッドに入っても、黎花が言った通り、朔が興奮してずっとしゃべり続けていた。
「どうしようかな・・・どんな合作なのかな?」
「さあ・・・」
「どうしよう、美園」と背中を揺さぶられる。
「まだ、何の構想もないんだから気にしないでいいよ」
「気にするよ!天城利成だよ?俺と一緒に描いてくれるなんて・・・もう、俺、死んでもいい・・・」
朔がそんな言葉を言うので少しギョッとする。
「そんなことくらいで死なないでよ」
「そんなことって?!美園、何にもわかってないよ」
(あー・・・これ、いつまで続く?)とこの話を今日したことを後悔した。
「初めて天城さんの絵見た時・・・ほんと、変な話だけど・・・ねえ、美園って、聞いてる?」
背中を向けている美園の肩をまた朔が揺さぶる。
「聞いてるよ」
「あのね、変な話なんだけど・・・誤解しないでね・・・」
「うん・・・しないよ」
「俺、天城さんの絵を見た時・・・俺の絵かと思った・・・ていうか、俺のこと描いてくれたのかと思ったんだよ」
「そうなんだ」
「うん、そう。何か吸い込まれていって・・・いや、違う・・・何て言うの?ねえ、美園」
また肩を揺さぶられる。
「さあ、朔が思ったことなんだから知らないよ」
「そうだよね・・・電流が走った?かな・・・稲妻に打たれたかな?・・・うーん・・・」と朔が言う。
「・・・・・・」
「それでさ、美園が”天城美園”ていうでしょ?最初は知らなかったんだけど、クラスの人が話してるの聞いて・・・」
「うん・・・」
「まさかって思った・・・俺の隣に天城利成の孫がいる・・・あ、ほんとは子供だったけど・・・ねえ、美園」
「うん・・・聞いてるよ」
「うん、それでね、すごい勇気振り絞って美園に声かけたんだよ」
「そうなんだ」
「そうだよ・・・あの時はさ・・・美園って」とまた肩を揺さぶられる。
たまりかねて美園は「朔」と朔の方を向いた。
「ん?」
「もう寝ない?」
「寝るよ」
「そう、じゃあ」とまた朔に背中を向けた。
「・・・あの時さぁ・・・ほんと嬉しかったな・・・美園が天城利成の子供じゃなくても・・・美園を好きになったよ」
朔の言葉に美園は目を開けた。
「いつのまにか・・・天城さんのことが口実みたくなっちゃってて・・・美園が誘ってくれると・・・ほんと嬉しくて・・・」
「・・・・・・」
「でも、俺がこんなんだから・・・だから・・・美園とは・・・」
「朔」と美園がまた朔の方を見ると、目に涙を浮かべた朔の顔が目に入った。
「・・・美園・・・俺といてくれる?」
涙を浮かべたまま朔が言う。
「いるに決まってるし、今、ここに一緒にいるでしょ?」
「うん・・・」と朔が美園の胸の辺りに顔をうずめてきた。
(朔は・・・儚い夢みたいに今にも消えそうだ・・・)
その夜、朔の興奮を受け止めながら、美園は朔の頭を抱くようにして目を閉じた。




