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意味を決めるもの

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「…………馬鹿野郎」


 母が死んだ日、青年は彼女が眠る寝台の前で涙ながらにそう呟いた。

 無論、その言葉は無機質な部屋の中で静かに眠る彼女に向けられたものではない。

 ――――その言葉は、自身に向けたものである。


 青年は悔いていた。長く不治とされる病を患っていた母を救わんとし、医の道に進んだ己自身の愚かしさを。

 小学生から始まり、今に至るまでの十数年全てを費やした研究は未だ完成していない。死の直前、苦しむ母にさえ何一つ施してやれなかった。


「……あの時間は、何だったんだよ」


 勉強、研究、勉強、研究……食事や睡眠の時間さえも排し、そればかりを繰り返した日々。お陰で、家族と過ごした記憶も数えるほどしかない。


「こんなことなら――――」


 初めから、治そうなどと考えなければ良かった。そうしていれば、この十数年を母との思い出を作る時間に充てることができた筈なのに。


「……その顔は、母さんの死が原因じゃないよな」


 そう考えて青年が絶望に打ち拉がれていた時、背後の扉から父が姿を現した。

 父は青年の隣に並び、眠る妻に手を伸ばす。

 そして彼女の頬にそっと触れ、愛おしむような表情で呟いた。


「……死んでも綺麗だな、お前は」


 父は数秒ほどそのまま妻の頬を撫で、少し息を吐いてから青年の方へと目を向ける。


「少し、話さないか」


 そう誘う父に連れられ、訪れた場所は屋上だった。

 父は煙草を一本取り出し、空へ昇る煙を見送りながらゆっくりと口を開く。


「お前、後悔してるだろ」

「……何、突然」

「これでも親だからな、顔見りゃ分かるさ。

 医者になろうなんて思わなければ、母さんと一緒にいる時間を増やせた――なんて、考えてるのはな」

「……何で、そこまで分かるんだよ」


 分かっているのなら、と青年は父に打ち明けた。

 自分の努力は無意味だった、してもしなくても変わらないならしなければ良かった。そんな、空虚極まりない後悔を。

 全てを聞き終えた父は呆れたように煙を吐き出し、諭すように返答する。


「お前の時間は、無意味じゃねぇよ」

「……何でだよ。僕は、結局何も――――」

「客観的に見て、だ。俺には、お前の時間が無意味だったとは思えないな」

「だから、何で……あっ、おい!」

「お前にゃ分からんさ。主観で分かるのは価値だけで、意味は理解できんからな」


 それだけ言い残して、父はその場を去って行く。

 青年はその背中を呆然と見つめながら、父の言葉が持つ意味を考え続けていた。

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