赤喰の書
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「痛っ」
思わず、そんな声を上げた。
指先を見ると、赤く血が滲んでいる。どうやら、紙で切ってしまったらしい。出血自体は大したものでも無いのだが、紙のぎざつきの所為か矢鱈に酷く痛んだ。
「……これで良い」
絆創膏を貼り、軽く指を曲げ伸ばしする。やはり多少はぴりぴりと痛むが、少なくとも作業に支障は無い。
部屋に戻り、ぱらぱらと本を捲って行く。
日焼け、破れ、濡れ、染み、落丁。折角購入したものだが、どれもまともな状態では無い。まぁ、そう言うものを選んで買っているわけだが。
これらは全て、旅行先で買ったものだ。
旅行に行くと必ず御当地の古書店を巡り、店で一番状態の悪い本を買って帰る。正直自分でも意味不明な行為だが、敢えて言うなら「趣味」のようなものか。
意味不明、と言う通り自分自身でも何故そんなことを始めたのかは最早分からない。と言うよりは「何故そこまでするのか」が分からないのだ。
この趣味を始めた切っ掛けは、一冊の古い本だった。
どんな内容だったか――それは思い出せないが、不思議と「古い本だった」と言う漠然とした記憶だけが脳にこびり付いている。
手元にある本達と同じだ。酷く日に焼けていて、濡れたような皺があって、表紙が破れていて……まともに読めたものでは無い、ぼろぼろの本。
幼い頃、何の気無しに手に取って――今回のように指を切り、驚いて何処かへ投げ捨てた本。私はずっと、そんな曖昧な記憶しか持たない本を探し求めているのだ。
……しかし、未だあの本は見つけられていない。正確には「恐らくは」と言う前提が付くが。
内容を覚えてもいない本。だと言うのに、読んだ本が「それではない」と言う事実だけは認識できる。
不可能だとは思いながらも、諦めることができない。そんな状況に半ば絶望さえしている。
今回も見つからないだろう――そう考えながら購入した本を捲っていた、その時だった。
先刻、指を切った本。酷く日に焼けて文字さえまともに読めないその本の内容を目にした時、心臓が強く脈を打った。
「この本だ」と言う確信と同時に血の流れが早くなり、全身から血の気が引いて行くのが分かる。
更に色焼けて行くそれの姿を見つめながら、私の意識は本の世界へと飲み込まれて行く。
――――最後に見えた指先の絆創膏には、僅かの血も滲んでいなかった。




