支配せんとする者は
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これは、私がまだ若かった頃の話だ。
私の生家は、横浜市南方の商店街に店を構える老舗の豆腐屋であった。
老舗と言えば聞こえは良いが、実情はただ昔からあると言う以上の価値を持たない寂れた店である。
父は厳格な男であった。
職人気質、と言うのだろうか。拘りが強い上に価値観も旧時代的で、店の手伝いに手を抜くと必ず拳骨付きで怒鳴られたものだ。
次男だった私はその程度で済んでいたのだが、父の兄に対する言動はあまりにも苛烈であった。
父は兄を後継ぎにするつもりだったらしく、自分の技を全て受け継ごうと必死になっていた。
怒鳴る、殴るは当たり前。時には些細な失敗を咎められ、背に熱湯をかけられる姿も見たことがある。
兄が豆腐屋の仕事に消極的だったことも、父の苛烈な態度を生んだ原因の一つだろう。事実父は口癖か洗脳かのように「お前は店を継ぐのだ」と兄に言い聞かせていた。
父が身体を悪くし始めると、父の行為は余程酷くなった。
失敗をする度兄は顔を竹刀で殴られ、ある時は気絶しまたある時は誰だか分からなくなった。
それ程までの過剰な「教育」の過程の中、父は気付いていなかったようだが私だけは気付いていた。
――――兄の目に、確かな憎悪が宿っていくのを。
◇
そんなある日のこと。ある食卓で、兄は父に言い放った。
「僕は店を継がない」
その言葉を聞き、一瞬呆けた父だが直後に烈火の如く怒り狂った。
卓を返し、竹刀を手に取り、振り上げる。私は巻き込まれたくなかったので慌てて離れたのだが……妙だ。
いつまで経っても竹刀の音が聞こえない。どころか、父の怒鳴り声さえ消えたのだ。
私は恐る恐る、と言った心持ちで振り返る。と、そこには――――
――――父の腹に出刃を突き立てる、兄の姿があった。
その時の兄の顔を、今でも覚えている。
般若、修羅。父への愛憎などではない、ただ「憎」だけに歪んだ表情。
瞬間、私は理解した。
――――嗚呼、彼にとってあの人は最早父親では無いのだ、と。
斃れ伏す父を見下ろし、兄は不敵な笑みを浮かべる。
その瞳は、不思議と何処か清々しそうだった。




