醜悪なもの
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ずっと、人を殺してみたいと思っていた。
ある時から自分以外の人間が全て醜悪に感じられて、うぞうぞと蛆のように集団で動き回る姿は見ているだけでも吐き気がする。その中に自分が居る、と言うのが無性に不愉快で、オレは家から出なくなった。
それまで母親だと思っていた女が毎日のように「外に出ろ」と言いに来るが、俺は決まって「黙れ」と返す。
初めは怒声だったそれも次第に縋るような啜り泣きに変化したが、その涙声すらも気持ち悪くて仕方ない。
ある日の夜中。PCを見ているうちに小腹が空いたので、食料を取りに部屋を出た。
普段なら皆寝静まっている時間だが、この日は何故か母親がキッチンで待っていた。
久々に見た母の瞳は血走って、落ち窪んだ眼窩の下には深い隈ができている。痩せ細った身体はまるで枯れ木か何かのようで、その姿は過去にホラー映画で見た老婆の悪霊を彷彿とさせた。
「…………やっと、出て来たのね」
そう呟いてこちらに視線を向ける母の瞳は白く濁り、焦点も合っていない。声を掛けられている筈なのに、別の誰かを見ているような気さえする。
彼女のあまりに異様な姿に、俺は強い恐怖を覚えた。
今まで見下していた相手。それが突然得体の知れない何かになって、眼前に立っているのだから。
「…………もう、限界。もう、要らない」
母らしきものは包丁を握り、掠れ声でそう言ったかと思えばいきなり襲いかかって来た。
とは言え、相手は枯れ枝のようになった女。男の俺に敵う筈も無く、あっさりと動きを止める。
それでも尚暴れ続ける彼女は、俺が嫌悪した醜悪な人間そのもののように思えた。苛立ち混じりに抑えつける力を強めた、その瞬間。
――――どぷ、と手が温かいものに触れた。
見ると、母の喉に包丁が刺さっている。暴れるうちに手が喉元へ到達していたのか、そこに力を込めたことで深く突き刺さってしまったらしい。
咄嗟に飛び退くが、母はさっきのように暴れ出そうとはしない。ただ焦点の定まらぬ瞳のまま、呆然と眠り続けている。
ずっと、望んでいた筈だった。嫌いなものを殺すことは、きっととても愉快な気分だと思っていた。
けれど、実際に体験してみれば。手に残る熱も、広がる鉄錆の臭いも――その何もかも全てが、心底不快でしか無かった。




