真夏の錯覚
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「――――ぶぁっ!!」
息が続かなくなって顔を出すと、冷えていた頭部を一瞬で熱が満たした。夏らしい陽射しが心地良くて、水面に浮いたまま暫くその感覚を堪能する。
「……おーい」
ぼんやりと空を眺めていると、岸の方から呼びかける声が聞こえた。振り返ると、見慣れた顔が元気良く両手を振り回している。
なんだ、あいつまた来たのか――そう思いながら泳いで岸に戻ると、手を振っていた相手がタオルを持ってぱたぱたとこちらに駆け寄って来た。
「お疲れ、兄貴。今日も遠泳の練習?」
「ああ、そうだけど……それよりだな、前にも言ったが兄貴はやめろ。俺は別にお前の兄になった覚えはねぇぞ」
えー、と不満を漏らしながらタオルを手渡して来るのは近所に住む少年だ。何故かは知らないが昔からやけに俺にだけは献身的で、兄貴と呼んで慕って来る。
「良いじゃん、兄貴で。そんけーの証だよ」
「尊敬ってな……俺、お前に何もしてないぞ」
実際、俺はこの少年に何かをした記憶はない。せいぜい悪戯を何度か叱った程度で、それを理由に嫌われこそすれ尊敬される道理はない。
「それは、まぁ……人柄に、惹かれた?みたいな」
「なんだそりゃ」
いつもこうだ。やたら俺を慕う理由を聞いても、毎度こうやって雑にはぐらかされる。まぁ、こっちとしてもそこまで気にはしていないのだが……
「……ま、良いか。さて、俺はそろそろ帰るけど……どうする?一緒にかき氷でも食いに行くか?」
「マジで、行く行く!兄貴の奢り!?」
「まぁ、そんくらいはな」
「やった、ご馳走様!」
かき氷くらいで、子供だな――そう思いながらも、喜ぶ顔を見るのは悪い気しない。はしゃぐ姿を微笑ましく思っていると、不意に少年の口元が小さく動いた。
「……やった、兄貴と……だ」
「…………?何か言ったか?」
「えっ!?いや、別に!?さー、早く行こう!」
何を言ったのか、最後の部分は聞き取れなかった。ただ、なんとなく――微かに紅潮した少年の顔が、その一瞬だけは少女のように見えた気がした。




