夜の棺【中編】
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「水しかないけれど、飲むかい?」
老紳士はそう言って、ペットボトルの蓋を開けた。
「お言葉に甘えて」と答えると彼は棚から二つのグラスを取り出し、水を注いで差し出して来る。
私はそれを喉に流し込み、ぐるりと周囲を見渡した。
壁は外観通りの段ボールハウスと言った風で、所々に水濡れで穴が空いている。けれど襤褸けたそれに反して誂えられた内装品はどれも洒落たものばかりで、どう考えてもそこらの家具店に並ぶ品ではない。
やはり、ただのホームレスではない――そう思っていた時、老紳士が穏やかに笑いながら口を開いた。
「らしくない、とお思いでしょう」
見透かしたような老紳士の言葉に、私は思わず背筋を強張らせる。しかし彼は気にもせず、薄く微笑んだままに言葉を続けた。
「老爺の独り言と思って、聞いて頂きたい。
私は元々、ある界隈では名の知れた資産家でした。金を稼ぐことが好きで、金さえあれば何でも手に入ると思っていた。
そんな増長した私が、この町で偶然に出会ったのが妻です。妻は丁度この場所で、こんなハコの中で暮らしていました。
それを偶々見かけた私は上から目線に、施しのつもりで彼女に金を渡そうとしたのです。
けれど彼女は受け取らなかった。それどころか、驚く私に「金なんて必要ない」と吐き捨てたのです。
私は理解できなかった。そこで彼女に聞いたのです。「何故、金が要らないのか」と。そんな私に彼女は呆れ顔で、静かに言い放ちました。
「金じゃ、私の欲しいものは手に入らないから」
私は首を傾げました。金で手に入らないとは、それは一体何なのかと。
どうしてもその正体を知りたかった私は彼女の元を何度も訪れ、語らい――気付けば、互いに恋をしていた。
私達は愛し合い、結ばれた。しかし妻は私に、欲しいものを教えてはくれませんでした。
あれから五十年……先日、妻が他界しまして。私には結局、彼女の欲しいものは分からず終いです。
ですから私は資産の殆どを処分し、思い出の品だけを持ってここに来ました。ここに来れば、妻の欲しかったものが分かるのではないかと思いまして」
老紳士の陶酔にも似た長い話は、彼の希望的観測を最後に終了する。
私は老紳士が口を閉じたのを確認し、彼に自分なりの考えを告げた。
〈続く〉




