静暑の記憶【後編】
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初めは、靄がかかっているのかと思った。
視界に映る全てが磨りガラスでも通したように霞んでおり、その中に幾つか色の付いた靄が見える。
その「色付きの靄」が人間なのだと気付くのに、ほんの少し時間を要した。初め分からなかったのは、それが人らしい色をしていなかった為である。
赤、青、黒、緑……人を示している靄は、奇妙な程にカラフルで――まるで、幼子が適当な色で塗った落書きのようだった。
気持ち悪い。そんな思考が脳に満ちた。
酷く霞んだその色は、私の人間的な部分では無く生物的な意識に直接流れ込んでくる。魂の奥底を掘り返すようなその感覚は、脳震盪になったかの如く意識を強烈に揺らした。
あまりに気持ち悪くて、思わず眼球に手が伸びる。
いっそ潰してしまいたいという衝動に駆られ、目を抉ろうとした指は誰かに止められた。
それは――恐らく母だった、と思う。色の塊でしか無かったので確証は持てないが、声で多分そうだろうと認識した。
その後、幾度も目を潰そうとするからと包帯でぐるぐる巻きにされ、それから事の顛末を聞いた。
私はどうやら、公園で倒れていたらしい。それを探しに出た母が見つけ、救急車を呼んで今に至るとの話だ。
公園には私一人だけが居て、他には誰も居なかったと言う。天使のような女の話は、一度として出てこなかった。
医者は熱中症だと言ったが、私には違うと言う確信がある。それは記憶にだけ存在する女の姿そのもの、或いは霞んだ異様な視界が理由だ。
思うにあれは天使では無く、悪魔だったのでは無いだろうか。そして誘いに頷いた私に、この視界という呪いをかけた。
そう思ったのは、この靄の意味を知った為だ。
この靄は、人の死期を予見する。緑、青、赤、黒の順で死期は遠い。包帯を外して暫く見続けた結果、そういうものだと確信した。
また、この靄は逆向きに「加害によって殺せる」順でもあるらしい。
何故、そんなことが分かったのか――それは、聞かない方が良いと思う。恐らくその事情を知れば、精神が狂ってしまうから。
……そして紆余曲折あり、現在。今も私は、悪魔の呪いに苦しんでいる。
この昔話をしたことに理由は無い。敢えて言うなら、単なる気紛れのようなものだ。
無理に教訓を探すなら、魅力的な存在には注意し給え――というところか。
危険なもの程美しい。それを忘れると、こういう痛い目に遭ってしまう。
これにて話はお終いだ――それでは、失礼。
〈終〉




