偏愛者の恋
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男の愛は歪んでいた。
幼少の頃から、顔や身体には一切興味を惹かれない。二年程前にはその双方が「絶世」とされる美しい女性と出会ったが、微塵も好意を抱かなかった。
周囲からは同性愛者を疑われたが、別段そんなことは無い。彼はごく平凡な、異性に惹かれる男である。
ならば何故、絶世の美女に惹かれないのか――それは彼の愛するものが、女性の頭髪だけだからだ。
薄らと茶色みがかった、六十〜八十センチのストレートヘア。それだけが、彼にとっての女性である。
その為彼は、それ以外の髪型をした女性を女性と思っていない。と言うよりも肉体自体、彼にとってはただの置き物に過ぎないものだ。
そんな偏愛者たる彼が置き物を壊し、自分の手元に「理想の女性」を蒐集するようになるまでに、然程時間は必要無かった。
ヘアコレクター。それが、今の彼の名前である。
正確には普通の名前もあるのだが、名前というものが人を個体ごとに識別する為の記号であるなら、世間的にはそれが彼の名前だろう――何せ通常の名前より、多くの人間は彼を「そちらの名前」で個体識別しているのだから。
◇
ある日のことだ。若干の頭痛を覚え、男は久しく病院にかかることにした。
検査自体はすぐに終わった。何のことは無い、単なる偏頭痛である。
さっさと帰ろう――そう思って歩き出した男の前に、一つの「置き物」が現れた。
男の基準から言えば、その置き物は女性を乗せていなかった。単純な話、髪が無かった。
恐らく、病気によるものだろう。そんな置き物に彼は微塵たりとも興味を示さず、早々に立ち去ろうとした――のだが。
「あの、すみません」
不意に呼び止められ、足を止める。そして振り返った時、男は初めて置き物の形を認識した。
その瞬間の感情に、現状名前が付くことはない。仮に名前が付いたとして、それを彼は認めないだろう。
……この瞬間、彼は名前を失った。
世間的には、彼の名前はそのままだ。だが、少なくとも――彼がその名に相応しい人物では無くなった、ということだけは確かである。




