少女の遺言【後編】
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「犬が死んだの」
身構える少年に、少女はさらりとそう言った。
「い……犬?」
「うん、犬。五年前から買ってた子が、ちょっとした事故でね」
そんなことで――そう思ったが、かろうじて口に出すことはしなかった。だが、顔には出てしまったらしい。
「呆れた」
「うっ……悪い」
「良いよ、実際大した理由じゃ無いしね」
そう言って少女は立ち上がり、柵の方へと歩き始める。その背中に、少年は改めて問い掛けた。
「……何で、それで死のうと思ったんだ?」
自分ですら大した理由では無いと思うなら、それでも死のうとすることに、どんな理由があると言うのか。今回は純粋に、興味として尋ねた。
「……ふふ」
問い掛けに対し、少女は静かに微笑する。その笑顔がやんわりとした拒絶であることは、流石の彼にも理解出来た。
質問に答えるつもりは無い――そう表情で返答しつつ、少女は一言少年に告げる。
「……ありがとね」
少女は柵を乗り越えて、ちらりと少年に目を向ける。それに促されるように、少年は屋上を後にした。
◇
……屋上を出てから数分後、どしゃりという小さな音が校舎裏から聞こえてきた。それから時間が経つに連れ、ざわつきや悲鳴が校舎内に満ち始める。
そんな中、少年は廊下を歩いていた。野次馬になることも無く、ただひたすらに呆然と。
最後に見せたあの笑顔が、脳に焼き付いて離れない。
何処か母親のようにも見える、慈愛に満ちたあの微笑――あれは、死にたがりのものでは無かった。
絶望も、悲哀も、諦観も無い。ただただとても幸せそうに、彼女は死んでいった。
最期の言葉――あの感謝に、どんな意味があったのだろう。考えてみても、答えが出てくることは無い。
笑顔と、感謝。人の最期としてある意味適切な、しかしあまりにも不似合いなその遺言の持つ意味を、彼は今も考えている。
囚われたまま、忘却出来ない。その執着を恋と呼ぶなら――彼は今も、彼女に恋をしているのだろう。
……或いは、彼女のそれも恋だったかも知れないが。
その真実はこの世にはもう、存在しないものである。
〈終〉




