暗失
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目を開けても、世界は暗いままだった。
夜の家は変に静かで、自分以外の全てが消えてしまったような孤独感に苛まれる。そんな中で自分の心臓の音だけが、奇妙な程に煩かった。
何となく、扉を開けて外に出る。
無機質な開閉音が矢鱈と遠く感じられて、自分がその音を立てたのだと一瞬忘れた。それは、テレビの中の音よりもずっと他人事で、例えるならマンションの上階から聞こえる音のようだった。
廊下を歩く。不思議と、足音は聞こえない。
フローリングの変に冷たい温度だけが足の裏に伝わって来て、感覚が少しずつ緩やかに冷えて薄れて行く。そうして十数歩も歩く頃には、自分が歩いているのか浮いているのかの区別すらもまるでつかなくなっていた。
ただ、前に進む。数分、数十分、数時間……家の廊下の長さなど、思考の端にすら無かった。
どのくらい歩いたのか――気付けば、真横に扉があった。
錆び付いた、妙に古臭い鉄の扉だ。ノブを掴むとじゃりっとして、手のひらを見ると茶色い手の形をした鉄錆が、暗闇の中で浮かんでいた。
……静かに、その扉を開けた。
酷く錆び付いている割に、その扉は意外な程すんなりと道を作る。その動作も新品のように滑らかで、錆びた鉄らしい軋む音など全く以てしなかった。
扉の先にあったのは、見覚えのある居間だった。しんと静まり返った其処は、直前までを考えればあまりにも異質で、けれどあまりに平凡だ。
暗い部屋の中に、ソファとテレビが並んでいる。いつも通りの自宅の居間は、静かに夜を眠っていた。
不意に、ぱちりとテレビが点く。
特に事件の報道だの、幽霊が出て来るだのの無い――けれど普通と呼ぶには少し異常な、白い砂嵐だった。
ざーーーーーーーーーーーー、と長い異音が響いている。それは酷く耳障りで、けれどこれまでの静寂の所為か少し心地良くもあった。
……テレビには何も映らない。ただ延々とノイズのような、砂嵐だけが流れて行く。
映っていない、見えていない。そんな逃避の時間だけが、ただ淡々と過ぎて行った。
――――匂いも、音も、感覚も。その全てを、暗い世界に置き去りにして。




