海の歌声
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ある夜更け、海辺を散歩していた私は奇妙な歌声を聴いた。
それは、お世辞にも上手いとは言い難い――どころか聞くに耐えないとすら思う程に下手糞で、不快感すら覚えてしまう。けれど、何故かその場を離れようと思うことは無い。寧ろ、興味を惹かれるように感じられた。
セイレーン、という空想の怪物が居る。
歌声で船乗りを誘き寄せ、テリトリーに入った彼らを捕食してしまう――という恐ろしい魔物だ。
例えるならあんな感じだろうか、そんな風に考えながら私は声に近付いていく。尤もセイレーンの歌声は美しいものらしいので、これとは似ても似つかぬだろうが。
声に向かって歩いた先、果たしてそこに怪物は居た。
怪物、というのは比喩表現にしても失礼か。何故ならそこに立っていたのは、ごく平凡な人間の少女だったのだから。
歳の頃は十二、三歳くらいだろうか。否、そう見えるのは恐らく華奢な体格の所為だろう。不確かな感覚ではあるが、雰囲気から察するにもう少し上であるかも知れない。
彼女はこちらに気付かぬ様子で、孤独に歌を歌っている。それは遠くで聴いた時よりも遥かに酷く、けれど何処か切なくなるような声だった。
脳が受け入れを拒否し、酩酊を感じながらも、私は呆然と彼女の歌を聴き続けた。
それから数分後――ふと、歌が止まって。
彼女が、ふわりとこちらを向いた。
「……………………」
その表情からは、何の感情も感じられない。ただ深海のような青の瞳で、静かにこちらを見つめている。
私は吸い込まれそうなその瞳が美しく、けれど恐ろしくも思えて、思わずふいと目を逸らした。
「……………………」
彼女はやはり、何も言わない。目を逸らしているから、どんな顔をしているのかも分からない――が、恐らくは何も変わらないだろう。
顔を上げられないまま暫くの時が過ぎた時、不意にざあと強い波の音がした。
引かれるように視線を正面に向けると、いつの間にか彼女の姿はそこには無い。足元だけはずっと見えていた筈なのに、前触れもなく消えていた。
何が起きたかも分からず立ち尽くす私の耳に、さざ波の音が響いてくる。鼓膜の奥でこだまする、その切なくも耳障りな音は――
――――何処か、あの歌に似ているような気がした。




