存在拒絶
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他人の前を歩けなかった。
生来、とまでは言わない。「そう」なったのは確か、小学生に上がった頃のことだったと記憶している。
大きな切っ掛けは無い。少女がある時期から父親を嫌悪するようになることや、突然虫を触れなくなる感覚と似たようなものだろう。
私にとってそれは、「他者に背を向ける」ことだった。
歩いている時、不意に背後がぞわりと冷える。「見えない」ことが途轍も無く恐ろしいものに思えて、後ろに人が居ると気になって仕方ない。
理由も無く、脳裏を過ぎるのだ。背後に立つ誰かが、不意に私の背を短剣で貫く姿が。
ただの臆病、心配性に過ぎない。そんな事態がそうそう起こり得ないことなど、私とて子供では無いのだから理解はしている。
理解していても、信用できない。他人というものが、悍ましい化け物に見えて仕方がないのだ。
バスや電車では中身を盗られないよう鞄を抱きしめ、痴漢冤罪を避ける為に女性からは離れた位置の壁に寄りかかるか最後尾の席に座る。それが不可能ならば、次の便が来るまで待機。
夜道では数秒に一回振り返る。人が居たら壁際に避け、その相手を先に行かせて私が後ろを歩く。
異常だと思うだろう。「考え過ぎだ」と嘲る者も居るだろう。
しかし私には、これでさえまだ足りないのだ。
ほんの僅か、風で枝葉が擦れる音を気にして振り返ってしまう。雨の後、公園から漂う錆びた鉄の匂いに強く恐怖を感じてしまう。私には、この世の全てが恐ろしく異様な存在に感じられてしまうのだ。
……この世界は、私を拒絶している。
私が生きるには、この世界にはものが多過ぎる。
どうか、次があるのなら――その時は私以外、何一つ世界に存在しませんように。そう願いながらも、臆病な私が命を絶つ勇気を持つことは無かった。




