喪失は未来へと
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目を開けると、知らない天井があった。
いや、この表現も正しくないか。だって、この言い方では――まるで、知っている天井があるようだから。
どうやら、私は記憶喪失であるらしい。その単語は自然と受け入れられるのに、自分の名前さえ分からないという奇妙な感覚が酷く気持ち悪かった。
恐らくは、知識と記憶の違いだろうか。他にも身体の動かし方などは普通に分かるのだが、見舞いに来る友人らしい人々の顔は微塵も記憶の中に無い。それを鑑みるに、喪失したのはやはり記憶だけのようだ。
……さて、自分の状況を適当に考察してみたが。その中でなんとなく、理解できたことがある。それは、自分が別に「思い出さなくても良い」と考えているのだという事実だ。
記憶を喪失したことに、微塵の焦りも感じていない。何なら医者より冷静に、現状を考察できてしまう。そんな冷静さ――いや、冷淡さを、自分の身に起きた緊急事態でさえ失っていない。それは恐らく、そも「焦ることではない」と無意識に考えているからだろう。
……ここまで考えて気付いたが。これは「思い出さなくても良い」という思考ではなく、単に自分の思想が異常なだけでは無いだろうか。そう思えば、割とどうでも良かった過去の自分に少し興味も湧くものだが――まぁ、考えても仕方ないだろう。
理由は分からずとも、現状冷静でいられるのだ。ならばそれを幸運として、伽藍洞な新しい今とこれからの展開を楽しみにしているとしよう。
そう決めた私は喪失した記憶から目を逸らし、一冊の本を取り出した。
「未来」を生きていく為に。記憶ではなく、純然たる知識を――新しく、脳の中に流し入れる。
何故なら、知識は喪失しない――保証も無くそんな結論を出し、私は読書に没頭した。




