おはよう、最も哀れな君よ
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ほんの少し、うたた寝をしていた。
時計を見ると、経過した時間は僅か数分。その間に夢を見たような気もするが、記憶には何も残っていない。
「んしょ、っと……」
掛け声と共に身体を起こす。座り込んだ姿勢だった所為か身体の駆動が妙に固くて、動き辛いなぁと思いながら僕は軽く首を回した。
がぎ、ぎ。
矢鱈に固い、鉄が軋むような音。そんなに凝り固まっていたのか、なんて今更に自分の疲労を認識した。そう考えると、居眠りをしてしまったのも疲れていたからなのかも知れない。
「……………………?」
外に出よう――そう思ってドアノブに手をかけた、その瞬間。不意に、ぴしりと身体が硬直した。
出たくない。出てはいけない。そんな意図の命令を、脳が全身に下したみたいに。
ドアノブを回そうと手を握ると、動かない。逆に、手を離すだけなら自由にできる。僕は困惑しながら手を離し、窓がある方へと歩き出した。
窓は、丁度玄関の真逆。歩いて行って、そして――
――――冷たい壁に、手を触れた。
「……あれ」
窓が、無い。代わりにあるのは銀色の、鉄でできた無機質な壁。
見渡すと、自分の家だと思っていたそこは僕のワンルームマンションでは無かった。いや、そもそも人の家ですら無い。
表すならば、鉄の箱。生命らしさの感じられないその様は、棺のようと言えるかも知れない。
中央に、一つの椅子が置かれていた。
僕がさっきまで座っていた椅子――多分、安楽椅子と呼ばれるものだろう。鉄の箱には全く似つかわしくないそれは、きぃきぃと揺れながら一枚の古びた紙を抱いていた。
紙を手に取り、書き記された文字を読む。
そこにはただ一言、こんな言葉が記されていた。
『おはよう、最も哀れな君よ』
その言葉の意味は、すぐに理解できた。更に言うなら、自分の手が視界に映ったその時に。
僕の手は変に無機質で、壁と同じ銀色をしている。
きゅい、と動かすたびに音を立て、時折ぎしりと動きが鈍る。恐らくは、歯車の劣化が原因で。
……機械の腕。それを見て、漸く思い出したのだ。
ヒトの世界は、とうの昔に終わっていて。僕はそんな世界に一人残された、ただの機械人形なのだと。
分からなかったのは、きっと夢を見ていたから。
自分がヒトで、普通に生きている夢を。
……ああ、これは確かに最も哀れだ。
僕はこの世界で、何を為すことも一切叶わず――ただ、朽ちていくことしかできないのだから。




