暗闇の中で
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妙に、霧深い夜だった。
歩けど歩けど先が見えない。所々に街灯があるのは認識できたが、その光も地面に届いていなかった。
夜闇――などと言うが、本当の意味でそれを感じたのは今日が初めてなのかも知れない。頼れるものの何もない、本当の意味での暗闇をただ真っ直ぐに歩き続けた。
一寸先も見えない、という状況は実際に体験してみると「何処かから何か出てくるかも」という恐怖よりも「周囲にあるものが分からない」不安の方が勝つものらしい。
そのせいか、進む足取りは普段と比して遥かに遅くなっている。「崖や壁でもあるのではないか」と考えると、いつもの道でもいつも通りに歩けないのだ。
ふと、宙に浮かぶ光の中に緑色のものが見えた。
恐らくは信号だろう――足を止めて目を凝らすと、ぱちりと緑の光が消えてその下に赤い光が灯る。
ああ、やはり信号だった。私はぼうと立ったまま、緑の光が再び灯るのを待った。
……随分と、待ったような気がする。
正確に見れば五分やそこらなのだろうが、気持ちの問題かそれが数十分――数時間であるように感じられた。
ぱち、と緑の光が灯り、私は一歩踏み出した。
やはり、周囲は見えない。ほんの僅かな光を頼りに、ゆっくりゆっくりと信号を渡る。
暫く歩くと、光が頭の真上に来た。
渡り切ったと安堵して、そっと胸を撫で下ろす。
さて――ここは一体、どの辺りだろう。駅から歩いてどの程度、時間が経過したのだろう。
ちらと腕時計を見たが、古いアナログ時計は暗闇の中時間を示してはくれなかった。已む無く私は鞄を開け、手探りの感触でスマートフォンを探し出す。
画面を見ると、歩き出してまだ数分しか経っていなかった。地図アプリを起動して位置を見ると、家まではまだ随分と距離があるようだった。
私は小さく嘆息し、スマートフォンをポケットにしまう。そしてまた、緩慢な動作で歩き出した。
いつになれば帰れるのだろう、いつになればこの暗闇は終わるのだろう――そんな不安を、胸の内に抱きながら。




