酒を飲む訳
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明日、娘が結婚する。
時の流れは早いものだ――そう思いながら私はコップに酒を注ぎ、噛み締めるように飲み干した。
もう、二十年近く前になるか。妻が緑色の紙だけを残し、完全に消息を絶ったのは。
当時の私はその事態に慌て、自己嫌悪に陥っていた。
私が愛想を尽かされたか、それともそう見せかけた誘拐か――色々な最悪が脳を巡り、下手をすれば心を病んでいたかも知れない。
そんな私を繋ぎ止めたのは、娘がぐずる声だった。
妻のことや仕事のこと、決して心穏やかにはならなかったが……それでも、冷静になることはできた。もしもあの時娘がぐずり出さなかったら、私は娘を忘れて家を飛び出していたと思う。今にしてみれば、そんな選択をしそうになったと言う時点で親の資格を疑うが。
私は娘の為――いや、自分の不甲斐なさから逃避する為かも知れないが、必死になって動き回った。
仕事、育児、家事……全てを一人でやろうとしては空回り、その度周りに助けられる日々。助けられた母や同僚、友人達には今になっても感謝が絶えない。
そんな苦しくも愛おしい日々を思い返しながら酒をゆっくり飲んでいると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろう――そう思いながらインターホンを確認し、愕然とする。
画面に映っていたのは、一人の女性。随分と老け込み、やつれたように見えるが……その顔を、見間違える筈も無かった。
間違い無く――二十年前、消えた妻だ。
インターホン越しにその姿を見た時、ふっと全身から力が抜けるように感じた。
彼女の見た目……やつれているがそれは痩せたと言う意味では無く、寧ろかなり太っている。
ニキビだらけの顔は不健康な生活を容易に想像させ、浮かべている笑みのいやらしさは下卑た感情を隠すつもりもないように見えた。
……人を見た目で判断するな、とはよく言うが。見た目で判断すべき相手も、この世にはいるのだな。
私は冷めた感情で、鳴らされ続けるインターホンの音を悉く聞き流した。途中から怒声や罵声も混じり始めたように思うが、殆ど聞いていなかったから内容は覚えていない。
やがてパトカーの音がして、家の前は静かになった。
ほんの少し、虚しい痛みを胸の中に覚えながら――それを洗い流すように、私は再び酒を飲み始めた。




