それは夜に溶けて
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陽が落ちて、また夜が訪れた。
むく、と緩慢な動作で身体を起こす。ほんの少し開けたカーテンの隙間から覗く世界は不自然に明るくて、夜らしい静寂などは微塵も感じられない。
私は家を出て、夜の街を歩き出した。
視界をちらつく不自然な光は嫌になる程目まぐるしくて、車酔いに類似した酩酊感を覚える。酒を嗜む人間であれば然程気にならないのかも知れないが、私にはその感覚が酷く気持ち悪いもののように感じられた。
疲弊して、私はそっと目を閉じる。
そうすると目まぐるしい光がすうと視界から消えて、穏やかな暗黒が意識を包んだ。
眠るときの沈むような感覚とは違う、黒に溶け込むような感覚。それは矢鱈に静謐で、湯船に浸かっている時のような心地良さを覚えた。
こくん、と意識が呑み込まれる。
とろりと自我が失われて、自分が波間を揺蕩う海月であるかのような認識が脳を支配した。その誤認はとても安らかで、自分が生来そういうものであったかのようにさえ思えてくる。
浮かぶ夜に自己はない。ただ夜と言う大きな黒の、その中の一つとなった夜に誰かが問うた。
もしもし あなたは だれですか。
夜は答えず、ただ静かに揺蕩った。誰かもそれ以上を問わず、その意識は夜の中に溶け込んでいく。
◇
ふと目を開けると、目まぐるしい光が世界を包んだ。
大きな黒の一部だった何かはヒトの一個体に戻って、夜は私を遺物として外に弾き出す。
――――不意に、誰かが問うた。
もしもし あなたは だれですか。
私は静かに溜息を吐き、確かな声でそれに答える。
わたしは わたしです。
その答えに満足したのか、それは雑踏の中に消えた。
だが、夜に溶けた訳ではない。形が無く、ヒトでもないそれはそうありながらも存在を示し、雑踏の中で確かに一つ生きていた。
私には、その有り様が……ほんの少しだけ、羨ましく感じられてしまった。
溶けずとも、そこに在れることは。きっと、とても幸福なことだろうと――そう、思ってしまったのだ。




