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何者かに成ると言うこと

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 幼い頃から、ずっと描いていた夢がある。

 僕は画家を目指していた。切っ掛けは――正直、自分でももうあまり覚えていない。初めて行った美術館の絵に感動したとか、描いた絵を誰かに褒められたとか……そんな、何でも無いことだったとは思う。


 夢を叶える為、色々なことをした。

 親にねだって絵画教室に通わせて貰ったり、月に数度美術館に赴いたり、絵の専門学校に進学したり……できることは、片っ端からやってきたつもりだ。


 ……だが、現実とは非情なもので。

 積み重ねてきた努力は結局花止まりで、果実は全く実らなかった。

 それでも、僕は絵を描いた。描くことは酷く苦痛に思えたが、それでもひたすらに描き続けた。


 そうしたのはきっと、僕が「何者かになりたかった」からなのでは無いかと思う。

 努力が無駄だと信じたくなかった。努力の果てに辿り着く場所が主人公ではなく脇役でしかないなんて、そんな残酷な話があってたまるかと思っていたのだ。


 そう思い始めると、画家を志した発端もそんなことであったように思えてきた。

 自分が何者かであると証明する手段、それとして僕は絵を選んだ――そういう、ことなのでは無いかと。


 けれど、ある日。絵を描く僕の前に母が姿を現した。

 彼女は僕を見て一言、悲しそうに告げる。


「そんな顔をさせる為に、応援してきたんじゃない」


 その言葉を聞いた時、胸の中で何かが割れた。

 何者かになりたいと思った理由――それそのものが、氷解し霧散したように思えて。


 そこで、漸く気が付いた。

 それは、目的の起源ではない。「なりたい」という思いが、いつの間にか「ならなければ」という焦燥に変化してしまっていたのだということに。

 

 僕は、何者かになりたかった訳ではない。僕はただ「自分は何者かであった」と、胸を張って言いたかっただけだったのだ。

 例えそれが、無意味な自画自賛でしか無いとしても。それだけできっと、応えることはできたから。


 ……結局、僕は絵をやめた。だが、後悔はしていない。

 画家になることはできなかったが――「それを目指して努力した何者か」であると、胸を張って言うことができる。


 「社会的に成った者」からすれば単なる妄言、結果の伴わない無意味な自賛。だが、それで良いと僕は思う。

 例え社会が認めなくても――僕は、確かに「何者か」へと成れたのだから。少なくとも、僕自身の中では。

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