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昼下がり、夢のような一杯を

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 ある休日、私は小さな喫茶店を訪れた。

 以前から街に馴染んだその店は、アンティークな雰囲気のせいか一見には入り辛い空気を漂わせている。私自身、その空気に気圧され今の今まで一度も入店したことが無かった。

 そんな私が今日入店する勇気が持てたのは昨日、仕事で良い成果を出せたが故の奇妙な万能感が原因だろう。


(………おぉ)

 店に入ると同時に、甘い珈琲の香りが鼻腔を擽った。

 内装は外観と変わらず古めかしい。傷んで踏む度に軋む床、錆びて本来の音を忘却した扉鈴、日に焼けて変色した昭和的なポスター……ともすれば「汚い」とさえ思える状態だが、それらが珈琲の香りと混じり合うことによってとても心地良いものへと様変わりしている。


「いらっしゃいませ、お一人ですか?」

 独特の雰囲気に呑まれ立ち尽くしていると、不意に高い声が私に呼びかけた。

 声をかけてきたのは、歳若い雰囲気の女性だ。見た目二十代前半、と言ったところだろうか。少なくとも、古式ゆかしいこの店の空気にそぐわない年齢であることは確かだろう。

「…………」

 見渡すが、他に店員はいない。

「あ、あの……?」

「失礼ですが、店長さんですか?」

「え、ええ、そうですが」

 ……正直、驚愕している。

 外観故の偏見だが、この店は年老いた夫婦か道楽者の老爺がやっているものだと思い込んでいた。まさか、こんな若い女性だったとは。

「あの……お客様、ですよね?」

「あ、ああ」

「でしたらどうぞ、こちらの席へ。珈琲しかない店ですが、味は保証しますから」

 誘われ、席に着く。

 出された水を飲みながらメニューを開くと、成程珈琲以外のメニューが一つも無い。面白い趣向だと思いながら注文すると、五分足らずでそれは出てきた。

 一見、ごく普通の珈琲だ。けれど、私の知るそれより遥かに香り高い。

 その香りに心躍らせながら口に含む。

 瞬間、襲った感情に私は言葉を失った。

 絶品、などと言う陳腐な言葉では言い表せぬほどの風味。自分が今まで飲んでいたものは泥水だったのかと錯覚する程に美味なその味は、店を出た後も舌の上から消えることはなかった。


 ……あれから数年。街に馴染んでいた筈のその店は、いつの間にか消えていた。あの夢のような一杯はもう、私の記憶にしか存在していない。

 ドリッパーが音を立てる。甘い香りが鼻腔を撫でる。

 鮮やかで淡い、その記憶の中を踊りながら――今日も私は、あの味を追い求めるのだった。

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