どちらも死んでいる
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その日、兄が死んだ。部活からの帰り道、車に轢かれたのだと言う。
後で聞いた話だが、運転手は兄が飛び出したと言い張っていたらしい。しかし、ドライブレコーダーには運転手が赤信号を無視する姿がしっかりと映っていたのだそうだ。
そんな運転手の行為を愚かしいと見下す以上に、俺は兄があまりに不憫で仕方なかった。
兄は十七歳で、まだこれからの人間だ。夢や希望、理想なども数え切れぬ程あっただろう。
それが全て、一度の刹那に断ち切られる――それはあまりに残酷で、あまりに空虚では無いか。
俺にはそれが、兄の存在証明が無くなることのようにも感じられた。
故に、俺は兄の理想を一つでも引き継ぐことに決めた。
彼はここに居たのだと、ここで夢を見ていたのだと世界に証明したかったのだ。
引き継げる程に知っている兄の理想――それに思い当たるものはあった。
それは「甲子園」である。兄は高校球児で、いつか甲子園のマウンドに立つことが夢だといつも語っていた。
俺は兄を継ぎ、甲子園を目指すことに決めた。
兄の為に飛び込んだ世界は過酷で、幾度も心が折れそうになったがその度に俺は兄を思い出して奮起した。
……そして、数年後。
俺は兄の理想通り、甲子園のマウンドに立った。
これで、兄がここに居たと証明できる。兄の夢を、自分が叶えたのだ――そう思うと、充足感が…………
…………無い。何故だろう、何も感じない。
俺は夢を叶えた。なのに、嬉しくも何ともない。
試合の後、教師をしている叔父に相談した。俺の考えを聞いた叔父はやや申し訳無さそうな顔をして、俯いたまま静かに語る。
「……言い難いことだが、お前の行為は……俺に言わせれば、酷く無意味だ。
これは持論だが、夢と言うのは個人が頭の中で見るものだ。だから、見た人間が死ねば夢も死ぬ。
お前は、死んだものに縋って生きていた……それが空虚なのは当たり前だろう。
死に寄り添えば、そいつも死ぬ。お前の心は、死んだあいつの夢に寄り添った時点で死んでいたんだ」
その言葉を聞いて、俺は膝から崩れ落ちた。そんな俺に、叔父は少し間を空けて告げる。
「……だが、お前は生きている。体が心、どっちかが生きてればそっちに引っ張ることもできる筈だ」
死んだ心を蘇らせる。それは、酷く難しいことに思えた。
けれど、俺はそれに縋った。
死んだ俺には、縋るものが何か必要だったから。




