第1章7.運命の人なら
それからはもう、どうやって啓介のところに行ったのか、よく覚えていない。
でもまどかは何か知っている。そんな確信があった。
まどかには美羽の話をしていない。なのに、香港行きの話が出た時、美羽の存在を匂わせた。
それに、啓介がその日の夜に電話してきた時にもまどかの名前が出ていた。
啓介のところに向かう途中、まどかに電話をする。
そしてその疑念は、すんなり解消する。
「知ってたわよ。斎賀さん達が話してるの、聞いたの。最近特にそっけなく
なってきたから、そろそろ別れ話が出るだろうなって思ったわ。
だから、斎賀さんに『夜、柊に会うから送別会の事、伝えておくわ』って言ったのよ。
キレイに別れてあげるっていうのは本当。
あたしを1番に見ない男なんて嫌。でもね、あたしにもプライドはあるの。
だから少しだけ邪魔させてもらったわ。
でもほんの少しよ。運命なら、また会えるはずだわ。それが信じられないなら
自分で引き寄せなさいよ」
一方的に電話は切れた。
そうか、あの時の「まどかから聞いたか?」っていう啓介の話は美羽の事だったんだ・・。
勝手にまどかの香港行きの話だと勘違いした。
あの時啓介の話をちゃんと聞いてたら・・・
まどかの香港での行動に疑問を持ってたら・・
せめて、携帯が使える状態であったなら・・・
そうしたなら、少しは状況が変わっただろうか?
今まで後悔なんてした事がない俺なのに。
美羽は、俺を待っていてくれると思っていた。いや、思い込んでいた。
確証なんてなかったのに。
そうであって欲しかったし、人に拒絶される事に慣れてないから、今回もまどかとの
関係を切りさえすれば、美羽と向き合えると思ったんだ。
なのに・・・
美羽は、いつも俺の想像を簡単に裏切る。
自分がきちんと受け入れられてるか、不安に感じたり、彼女が居心地悪い思いを
してないか心配したり、
水曜日が待ち遠しく感じたり、笑顔を見れた時には頬が緩んだり。
もっと美羽の事が知りたいと求めたり。
今まで知らなかったような感情がどんどん湧いてきてた。
正直、人と真正面から向き合うなんて苦手だった。
それを、これからって時に、美羽が消えた。
もう、ワケが分からなかった。
なんでだ?なんでこんなに空回りばかりする?
啓介のマンションには、二宮も居た。
「あ。柊・・」
「・・・美羽の事、教えて。・・・頼む」
まどかの事で、誤解があった事をすばやく伝えた。
今はとにかく、早く美羽の情報が知りたい。
その気迫に押されてか、二宮が事情を話し出した。
「りんのお兄さん、今お仕事で海外に居るでしょう?そのお兄さんが事故に遭ったって
現地の関係者から電話があって・・。
りんはご両親が居なくてお兄さんだけだから、すごく取り乱して・・。
命に別状は無いみたいなの。でも大きな事故で、りんが呼ばれたのよ」
「それで学校も?」
「私も、よく分からないのに退学は早いんじゃないかって言ったんだけど、
ちゃんと元気になるまでは側にいたいって。たった2人の家族だから・・」
「連絡先は?」
「わかんないわ。とりあえずお兄さんの容態が分からなきゃ。りんから連絡が
くると思うわ」
「携帯、持ってんだろ?」
「りんの携帯、海外では使えないのよ・・。りんだって、まさかこんなことになるなんて
思ってなかったでしょうし・・。
だから、あたしと啓介の連絡先を渡してあるの。どっちかに連絡があると思うわ」
「・・・俺のは」
なんで啓介の連絡先渡してんだよ!
「・・・オマエに電話した時、簡単にだけど送別会やろうぜって話になって、それで
電話したんだよ。
まぁ、結果的には誤解だったんだけど、まどかから退学の話を聞いた上で
『行かない』って答えだったんだと、俺たちもそう思って・・・。」
なんで美羽の事はこんなにうまくいかない!?なんで単純なものまで複雑に絡まるんだ・・。
「あいつが・・好きなんだ。やっと、気付いた。まどかと香港行ったのは・・・
別れるためだ。
帰国したらいつでも・・いつでも美羽と会えると思ってた・・」
一番会いたい人間が、もうここに居ない。
生まれて初めて、求めた相手が、気持ちも伝える前にすり抜けてしまった。
「柊・・・・・」
「・・期間は?」
「わ、わかんないわ。だって学校まで辞めちゃったもの。でもまた戻ってくるわ。
お家はそのままよ。あそこが帰る場所だもの。
留守中の郵便の受け取りとか、頼まれたから時々部屋の様子を見に行くし。
帰ってくるから。
いつになるか・・わからないけど・・・」
二宮の声が段々小さくなる。最後には殆ど聞こえなくなっていた。
運命の人なら、本当にまた会えるか?
俺に、それを引き寄せる力が?
初めて、自分が小さな存在だと知った-------------------。