第1章5.誤解と心の距離
心地よい暖かさから、日中には少し汗ばむようになった5月も終わりのある日。
3人掛けソファの端に、隣の俺に触れないようちんまりと座る林の存在に
すっかり慣れ、居心地の良ささえ感じるようになってしまった俺は
那智の言う「りんちゃんって癒される!」って、これの事か・・と感じ始めていた。
林は多分聞き上手なんだ。見た目からのイメージよりも少し落ち着いた声色で
ゆっくりと話す林が相手だと、俺もついつい話しすぎてしまうところがあった。
相変わらず自分の話はしないけれど・・それでも段々林の事を知っていった。
兄貴と2人暮らししてたが、兄貴が仕事で海外に行ったため、今はそのマンションで
1人で暮らしている事。
ずっと自炊だったから料理が得意になり、それが目当てで二宮や啓介、それに
他のメンバーまでよく林のマンションで飲み会をしてる事。
それと・・・
それと・・・・・
・・・・って、それ位じゃねぇか!
林の家での飲み会も、最近やっと俺も参加してみた。
あまり人に興味を示さない東や、サラまでもが2~3回行ってるっていうんだから
かなり疎外感を感じる。
そんな俺にサラは「柊は・・・行きたいって言わなかったから」
え?そんな問題?
確かに、林に対する興味を表面に出さないようにしてきた。
だってそんなの慣れてない。女に興味を覚えるなんて。しかも外見じゃなく、
中身だ。
林は隣に座っていても、あまり俺を見ない。一度、振り向くかなーと思って
ずっと林の横顔を見てたけど、全っっ然気付かなかった。
東に「怖いくらいりんちゃんの事見てたな」って苦笑されたくらいだ。
東が気付くほどの事を気付けない林は、どうかしてる!
今日は何か新しい事を聞きだしてやる。
そんな決意(?)も新たに、意気込んで部室に向かったら、既にサラと林が居た。
あれ?啓介がもう鍵開けてたかな・・ドアを開けて声をかけようとしたその時・・・・
林がサラからカネを受け取っているのが見えた。
「いつでもいいからね」サラが優しく林に言う。
それまでも、楽しい気分が一気に吹っ飛んだ。
林だけは他の女と違うと思ってた。色目を使っても来ないし、化粧気もない。
服だってブランドものじゃないし、なによりそう信じたかったんだ。
沢山自己中な女を見てきたくせに、まだそんな幻想を抱いていたのか、俺は!?
勝手に林に対して良い感情を持ってただけなのに、ひどく裏切られた気がした。
乱暴に部屋に入る。中にいた2人は、俺の勢いにびっくりしたようだった。
「オマエには失望した。もうここに来んな。出てけ!」
一方的に怒鳴って、呆然とする林を部屋から追い出した。
心の中が、痛くて、悲しくて、もどかしくて、自分の行動が止められなかった。
多分、俺は今すごい顔をしてるんだと思う。
サラも目の前でオロオロするばかりだった。
すぐに智也がやって来た。
「りんちゃんが・・・ひどく落ち込んだ様子でサークル棟出てったけど?・・・」
「あいつ!サラからカネ受け取ってた!!!」
林の名前が出ただけで、また心を悲鳴をあげたような絶望感に襲われた。
「・・・・・だろうな。」
「・・え?智也、お前知ってたのか?」
「来週のイベントの費用だろ」
・・・・・・・・・
「・・え?」
「来週、また部長命令で啓介がバーベキューやりたいって言ったじゃん。その為の費用だよ。
俺ら、なんだかんだ忙しいじゃん。だからりんちゃんに色々頼んだんだよ」
やばい!俺、なんかすげー勘違いを・・・。心臓がドクドクいってる。
「俺・・サラがあいつに金貸したんだと・・」
「はぁ!?」
「っ!わ、私、そんな事してない!」
「おまえ、いつでもいいよって言ってたじゃん!」
「今日すぐ準備に取り掛かるっていうから、時間ある時でいいよって意味で・・」
「柊・・・りんちゃんは、そんな子じゃ、ないだろ?」
諭すように話す智也に、なんだか恥ずかしくなってきた。どうしよう、俺、林を
追い出した。
そうだ、追いかけなきゃ・・
「探してくる・・」
「んーー。多分、ちゃんとここに戻ってくると思うよ。ガムシャラに探しても
すれ違うのがオチだろ」
智也は冷静にそう言うと、サラに飲み物を頼んだ。
2時間後、俺の勘違いで林を追い出してしまった事を怒ったメンバーの冷たい視線にも
もういい加減いたたまれなくなってきた頃・・
コンコン、と控えめなノックが聞こえた。
二宮が急いでドアを開け、ちんまりと立ってる林を確認すると「りんーーー!」と叫び、
部室はまたもや大騒ぎとなった。
意外と、林は落ち着いていた。少しだけ、部屋に入るのは渋っていたが、俺が
目の前に立って「誤解してた。ごめん・・悪かったよ」と言ったら中に入ってきた。
いつのもソファの定位置に落ち着いてからも、やっぱりいつもより距離を感じた。
「あのさ・・・本当、ごめん」
「・・・ハイ」
会話が止まってしまうと、見かねた那智に「2人でちゃんと話した方がいい」と、
他のメンバーは先に帰ってしまった。
「あのさ・・本当、カーーッときて。ごめん。ひどい事した・・」
「あの、本当に・・いいんです。そう思われる何かが、あたしにもきっとあったんだと思うし」
顔をゆがめて、無理に笑顔を作ろうとする。
まただ。また心臓がぎゅ~~~っと押しつぶされそうになる。
「違うよ。勝手な、思い込みだ。あんま・・女の子を信用できないとこがあったから・・」
「でも、誤解だったってわかってくれたんでしょう?なら、いいです」
「そんな簡単に!俺が全面的に悪いのに・・・。もっとこうして欲しい、とかさ。無いの?直すようにするよ」
「う~~ん・・そりゃ悲しかったけど、誤解だったんだし・・。女の子信用できないって、
きっと昔何かあったんですよね。なら、仕方ないです。
それをどうこうして欲しいとか、それを言う権利あたしにはありませんから」
拒絶された気がした。
鋭い何かで、深く、深く心をえぐられた気がした。
要求が多い女は苦手だったハズなのに。そのままを受け入れられる事をひどく
拒絶と感じたんだ。
いや、そもままを受け入れられたんじゃない。
俺がどうあっても、自分には関係ない。そう、言われたんだ。
俺も、それが楽だったはずだ。女にはいつもそれを望んで、出来ない女は切ってきたじゃないか。
なのに・・・林に言われた言葉は、ひどくショックだった。
美羽の心の扉はかなり頑丈?