第2章7.ケーキ大作戦
「沙羅、美羽の好きなケーキってどこの?」
「・・へ?」
沙羅との付き合いは長いと思ってたけど、直接電話するのは初めてだった。
実際、携帯に登録されてるこの番号だっていつ登録したのかも覚えてないほどで。
今はまだ同じ番号で良かった。と思うばかりだ。
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隣人大作戦もあえなく失敗に終わった俺は、あれから暇を見ては美羽に連絡を取り、
なんとか会おうとしたんだけど、美羽は相変わらずバイトで忙しく、休みの日には
お兄さんと一緒に過ごしているらしかった。
開店記念のパーティーを目前に控え、仕事は益々忙しくなり、既に招待状の送付も
終えていたので、今この段階では少しのミスも開店日に間に合わせる為には
命取りとなる。初めて企画から参加した店舗だったので、放り出すわけにもいかず、
なかなか時間が取れなくてイライラが募っていった。
本当は、何回かはその日の仕事を放り出して行こうかと思った事もあった。
どこか、心の中では「明日頑張ればいい」って気持ちがあったんだけど、ある日
美羽に電話をした時に、料理中だとかでお兄さんが出た。
「またオマエか・・・。なんだよ、お暇な大学生は他にする事ねーのか?」
心底呆れたような声のお兄さんに、家の仕事を手伝っていると話すと、ちょっとだけ
対応が柔らかくなった。
「ふん。守りたい物があるんだったら、仕事に手を抜くなよ」
実はちょっと冷や汗モンだった。投げ出さなくて良かったーー!さらにその口調から、
え?俺、もしかして認められた?と思ってお礼を言うと、
「は?オマエの『守るもの』はウチの美羽じゃねぇ!」って言われたから、
まぁ・・あくまで対応が柔らかくなったのはちょっとだけ。だけど・・・。
幼い頃にご両親を亡くされて、叔母さんが結婚してからはお兄さんが美羽の
保護者として育てたようなものだ。その意見は経験者の言葉だったから、
益々仕事に励んだわけだ。
そんなこんなで、とにかく仕事を優先した。
まずはお兄さんに第一印象最悪の烙印を押されてしまった為に、なんとか挽回しなきゃいけないから、
かえって気合が入った。
その間も、勿論美羽に会うための作戦は考えていたワケで。
そんな時に思い出したのが、沙羅の言った「りんちゃんの好きなケーキ」だった。
これを持って行けば、さすがに門前払いは無いだろう。と踏んでの事だった。
俺って・・・なんて健気なんだろう・・・。
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「そう。沙羅、助けてくれよ。美羽の兄貴が帰って来てから益々会えなくなってさ・・。
つーか、会わせてもらえないっつーか・・」
そう。せっかく時間を作っても会おうとしても、訪問は門前払い。約束は取り付けられず。と
散々の結果なのだ。
「りんちゃんの好きなケーキって、ウチのケーキよ」
「John's ccの??」
John's ccとは、沙羅のオヤジさんが経営しているカップケーキ専門店だ。
日本にはカップケーキ専門店は無かったから、そのカラフルさと種類の豊富さで
またたく間に行列必至の人気店になった。
今では大阪・神戸・名古屋に福岡と店舗を増やしている。
「前にね、うちに遊びに来た時に食べてそれからよく買いに来てくれるのよー。
言ってくれたら用意しておくよって言ってるのに、いっつも並んで買っていくの」
美羽らしい。お互いが美羽を思い浮かべ、笑みをこぼした。
また、俺の知らない美羽が現れた。
サークルのソファに隣り合って座ってる間、俺は一体どれだけの美羽を見過ごして
きたんだろう・・・。
今はまだ、それを取り戻す時期なのかな・・。
「りんちゃんはね、特にストロベリークリームに、3種のベリーが乗ってる
スペシャルベリーカップが好きだよ」
「スペシャルベリーカップだな・・」
モバイルメモに早速登録する。
「明日、欲しいんだ」
「柊は並ぶ?」
「ワリ。それは勘弁して」
「ふふ。だよね。じゃあパパに頼んで用意してもらうね。本店で良い?」
「あぁ。悪いな、頼むよ」
「良いよ。柊からの頼みごとなんて初めてだもの。頑張ってね」
時間を確認して、電話を切った。
俺の中で、美羽がどんどん増えていく。溢れそうな位に美羽でいっぱいなんだけど、
溢れさすなんてそんなの勿体無くって体いっぱいで、抱え込んでる感じだった。
どれも取りこぼしたくない。
どれもこれも、俺には大事なピースだった。
デスクの上には、シルバーの飾り縁がデザインされた大きめの封筒。
明日、パーティーに誘おう。