第2章6.タイミングの悪い男
俺は今、自分の事をものすごくタイミングの悪い男だと思っている。
美羽の事になると、普段の冷静な俺がどっか飛んじまう。
いつも空回りだし、決死の告白は酒のせいにされるし。
そして今。
「いい加減、離れてもらえるかな?」
美羽の兄である羽海さんが、日焼けした整った顔に黒い笑顔を貼り付けて
近づいてくる。
べりっ。
実際、そんな音がするんじゃないかって位の勢いで、俺の腕から美羽が
引き剥がされた。
勢いで、ふらつく美羽を今度は自分の腕の中に閉じ込める。
兄といえども、その光景は俺の嫉妬心に火をつけた。
「ふん。羨ましいか?」
そんな俺の様子も、ちゃんと感づいている彼は、目的のものを取り戻したにも
関わらず、俺に敵対心むき出しの視線を向けていた。
「もう1度言ってやる。悪いが部屋は空いてない。俺が帰国したからね。
用はそれだけか、なら帰れ」
そう言うと、美羽を腕の中に閉じ込めたまま、回れ右して俺に背を向けた。
「ちょ!ちょっとおにーちゃん、香月さん、来たばかりなのに・・何か用事が
あるのかもっ」
「今は朝の5時だ。こんな非常識な時間にいきなり来て抱きつくようなヤツの用事なんざ
聞かなくていい」
え。一刀両断ですか。
つーか、今が朝の5時だなんて知らなかった。
もう、時間とか見てる余裕が無かったんだ。
「抱きつくって・・・!変な事言わないでよ。きっと悩みがあるし、お酒飲んでるんだよ。
この間だって・・・」
あ。今、このタイミングでそれ言っちゃうワケ?
「この間!?」
すいません・・・人間のはずのお兄さんから、角が見えるんですが、俺の見間違いでしょーか?
「お、お兄さん、あの・・」
柄にもなく、緊張してどもっちまう。こんなの、会社の仕事手伝って大きな
プレゼンやった時だって、全然緊張しなかったのに。
「君にそう呼ばれる筋合いはないね」
あ。鬼が振り向いた。角はやっぱり見間違いなんかじゃなかった。
「おにーちゃん!そんな酷い事言って!だってこんな朝早く電車も無いでしょ!」
あ、天使の声。
とっさに車のキーを隠そうとしたが・・・
「車で来たろ?今更キーを隠さなくても、もう気付いてる」
埒が明かないと思ったのか、お兄さんは美羽を美羽の部屋に押し込むとドアを
閉め、「出てくるなよ!」と言い、玄関にやって来た。
「お前か?美羽を泣かしたの。2度とウチに来るな。つーか美羽にも近づくな」
また壮絶に黒い笑顔で言い放った。
え?美羽が泣いた?
「美羽が・・泣いたんですか?」
お兄さんの顔が一瞬、歪んだ。余計な事言ったって思ってるみたいだった。
「とにかく帰れ!」
今度は俺が、部屋の外に押し出された。
力には自信があるし、抵抗しても良かったんだけど、ここで問題起こしたら益々
こじれるだけだ。
そう思って、とにかくここは引くしかないなって思ったんだ。
扉の外に出て気付いた事。
隣の505号室のドアが開いてた。騒ぎで起こしたかな?
そう思って、外に出ると・・・エントランスを出たところに、俺は見てしまった。
『空き室あり。入居者募集中』のポスターを。
下には、『5階のお部屋。日当たり良好!』とも書かれていた。
俺はピンときた。隣だ。あれは空き室だったんだ!
この時の俺の顔には、きっとお兄さんに匹敵する位の黒い笑顔が浮かんでたと思う。
さすがに、隣人は追い出せないだろう?
もう何でもいい。美羽の傍にいられる、理由だったらどんなモノでも欲しかった。
俺は連絡先になっている不動産屋が、開店すると同時に飛び込んだ。
「・・申し訳ありません。昨夜お申し込みがありまして・・」
「それ、どうにかなりませんか?契約はまだなんでしょう?」
「ええ・・ご入金はまだですが・・今入金の確認をしようとしていたところで・・」
「悪いけど、こっちに譲ってくれないかな」
悪いなー。と思いつつ、父の会社の名前を出す。俺、こんなやり方一番嫌いだった
ハズなのに。
「ですが・・・少々お待ちを。」
おっさんが、振り返って事務の女の子に入金の確認を急ぐよう、指示をした。
数分後。
「申し訳ございません。入金が朝一番にされておりまして、これはもう契約成立と
なりますので・・」
「無理?」
「うちの信用問題にも関わりますので・・・申し訳ございません・・。あの。
香月グループのご子息でしたら、もっと良い物件が・・」
ダメなんだよ。あそこじゃなきゃ、意味が無いんだ。
あぁ。俺ってほんと、美羽に関しては相当タイミングが悪い・・・。
初めての恋は空回りwww