第2章1.自覚の無い無自覚
第2章は、ちょっとコメディータッチになるかと。
「今」
そこまでメールで打つと、文章作成欄の下に、「どこに居るの?」と出た。
携帯の予測変換ってヤツだ。
その後にも「何してる?」「話せるか?」「時間ある?」等と予測変換の
候補文は更に続いていた。
ここんとこどれだけ美羽に連絡をしてるのか、その頻度が改めてわかって
苦笑する。
再会したあの日。
美羽のマンションに居る時に、やっと連絡先を交換した。
今までは、美羽の方だけが俺の携帯番号を知ってたから、どうにも動けず
ひどく辛かったし、美羽の中での俺の存在の小ささに情けなくさえ思っていた。
まぁ、海外で利用できない携帯を持って海外に行ってたんだから、知ってたところで
連絡できなかったんだけど・・。
それ以前に、連絡先を交換してないという薄い関係性が嫌だったんだ。
でも
お互い携帯番号もメアドも交換したからと言って、美羽から連絡がくるなんて事は無かった。
けど、俺の中には美羽でいっぱいで。
いつも美羽の事を考えていたし、同じ街に居るのに、同じキャンパスに居ないって
だけで、すごく寂しさを感じていた。
それでついつい、時間があると携帯に手が伸びた。
あの告白も、マンションに行く直前に飲んでた酒の所為にされて、全く信じて
くれてないし、でも長期戦でいく。
ちゃんと気持ちが向いて欲しいから、強引に奪う事はしない。と決めたから、こうしてマメに
連絡して、俺の存在に慣れてもらう事から始めたわけだ。
はぁ~・・俺、何こんなチマチマやってんだろ・・・。
本当は会いたい気持ちのままに、飛んで行きたかったけど、最近は家の仕事も
手伝い始めたのもあって、なかなか以前のようには時間が取れずにいた。
美羽にきちんと向き合う為にも、仕事にも真面目に取り組まないとな!
さて・・・再び携帯の画面に目をやる。
ずらりと並んだ美羽専用とも言える予測変換の候補文の中から今はどれを選ぶ?
少し考えて、「何してる?」を選び、送信した。
今はもう夜の12時だ。いくらなんでも「どこに居る?」は無いだろう。
部屋で本を読んでるか、DVDを見てるか・・・それか、もう眠ったか。かな?
本を読んでいたら比較的早く返信があるだろう。
DVDを見てたり、眠っていたら、まず返信は無い。
電源を切ってるからだ。これも、何度かの連絡のやり取りで知った事だ。
間をあまり置かずに返信が送られてくる。
あ。本を読んでたか?
「買い物してます」
は!?
さっき確認したばかりなのに、念のためもう一度時間を確認する。
間違いない。夜中の12時14分だ。
無性に心配になって、上着と車のキーを適当に掴み、電話する。
「もしもし?」
いつもの、のんびりした口調で出た。周りは少し騒がしい。
「美羽、今、どこにいるの!?」
「えっと、家の近くのコンビニ・・」
「こんな時間に何で!?」
心配で、思わず口調が荒くなる。
「お水を買いに・・・あとパンも買おうかなぁ。と」
美羽のマンションの近くのコンビニは2店舗。最寄の駅に近い方と、その逆側が
俺の家に近い方。
どっちだ!?俺の家に近い方でありますように・・。
「どっちのコンビニ?」
「Lです」
駅側だし!!!確かに、美羽の家からだとそっちのコンビニの方が少しだけど
近い。
急いで車飛ばして・・・ここから10分で・・行けるか?
「すぐ行くから。店から出ないで!」
「え?どうして?」
「心配だからだよ!今から向かうから一旦切るけど。絶対出ないで!」
焦って早口で言うと、すぐにエンジンをかけた。
あのコンビニは駅が近いのもあって、駐車場が無いし、通りに車は停め辛い。
タクシーも多いし・・美羽のマンションの前に車を置いて、走るか・・。
全く!!なんでこんな時間に1人で出歩いてるんだ!
何かあったらどうする!
怒鳴りたい気持ちと、優しく抱きしめたい気持ちと、相反する想いが胸に渦巻いた。
思ったよりも車はスムーズに美羽のマンションに着いた。
すぐにコンビニに向かって走ると、コンビニの看板の明かりが見えたところで
こちらに向かってくる美羽の姿が遠くに見えた。
チッ!と思わず舌打ちする。
出るなって言ったのに!!
すると、俺の視界から一瞬美羽が消えた。
スーツ姿の会社員らしき2人組の男が美羽の前に立ちはだかったのだ。
1人は、美羽の腕を取った。
何触ってんだよっ!!!
まだ距離はあったが、「美羽っ!!」と大声で呼びかける。
緊急事態だ。ご近所迷惑なんか考えられるかっ!
こんなに全力で走ったの、何年振りだろう?今ならオリンピック出れるかも。って
位のスピードが出た気がする。
近くまで来ると、男たちは見るからに酔っ払っていた。
乱暴に、男の手を美羽から離すと、男はちょっとムッとしたようだった。
「大丈夫?」
美羽が怯えてるんじゃないかと確認したら、きょとんとしていた。
「駅までの道を聞かれたの」
「駅ならここまっすぐ行って、一つ目の信号右。そしたらもう見えるよ」
美羽の代わりにおっさんらにそう言うと、美羽を連れ出そうと歩き出した。
・・・と、足元に黒いモノが落ちている。
拾い上げて見てみると・・・
「ちょっと」
諦めて歩き出したおっさんを呼び止める。
「これ、あんたらの?」
気まずそうにしているおっさんに投げつけ、美羽の肩をぎゅっと抱いて歩き出した。
とにかくあいつらの視界から美羽を連れ出したかった。
そのままの勢いでマンションまで戻ると、美羽には少し早い速度だったのだろう。
息を切らしていた。
「こんな時間に危ないだろう!!俺が来なかったらあいつらに何されてたか・・」
「え?だって、道がわからないって言われただけだよ?」
「あのおっさん、この駅からの定期券持ってたよ。駅がわかんないワケないじゃん。
美羽は絡まれてたの!」
「酔ってて方向わからなくなったのかな~?」
あの・・会話が噛み合ってないんですけど?
「こーゆー時は俺に連絡しろよ!」
「え?どうして?」
「危ないからだって!もう12時過ぎだぞ!」
「大丈夫だよ。香月さんだって遠いのに・・」
「俺はいいの!また誰かに絡まれるかもしれないだろ!」
「私が??無いよ~ないない。」
可笑しそうに笑うけど・・・今、ほんっとあぶなかったって自覚無いの?
俺、今日眠れそうにないんですけど。
溺れちゃった柊。自覚のない美羽。