第1章11.甘い手の平
顔を近づけながら、彼女の顔をそっと盗み見ると、大きく目を見開いていた。
両手に触れている頬は、少し冷たくて手の平に吸い付くようにしっとりしている。
ずっと触れていたい感触だ。
頬は少し冷たいのに、顔がうっすらと赤くなっているのは、抱きしめた
時に苦しかったのか、俺を意識しているのか・・・。
どうか、後者であって欲しい。
あとほんの数センチ。
バクバクと煩いくらいに高鳴る鼓動を落ち着かせるように、そっと目を閉じた。
その時
パチン。
俺が思ったよりも早いタイミングで、何かが口に当たった。
当たった。というより、押さえられてるような。
え?
目を開けると、美羽の小さな手が俺の口元を覆っていた。
小さいと思ってた美羽の手の平。でも今このタイミングでそれを知りたいとは
思わなくて。
「なに?」
美羽の手の平越しに、ちょっと文句を言う。
あとちょっとだったのに!
美羽は、びっくりしたように益々目を大きくした。
それすらも、可愛いと思えてしまう。
「な、何?じゃないよ!それはこっちもセリフ!」
顔を真っ赤にさせてあわあわしてる美羽。
あぁ~なんか、可愛くて仕方ないんだけど!
美羽の頬から手をはずし、手首を掴み押さえられていた口元から美羽の手をはずす。
「こっちのセリフって?」
「今の状況が・・何かな、って・・」
顔を赤くしてもにょもにょ呟く。
「うーん。見たままだけど。キスしたくて」
「な、なんで!?どしたの?何かあったの?か、彼女と喧嘩したとか?」
いつも落ち着いた声でゆっくり話す美羽が、慌てたように話し出す。
心底、ワケがわからない。って感じだ。
「美羽に、キスしたかったからだよ。理由は、美羽が好きで好きで、たまらないからだ。
美羽と離れてる間、辛かったよ。会いたくて仕方なかった。
美羽の言ってる『彼女』が誰の事か分からないけれど、美羽以外は、誰もいないよ。」
慌てて早口になる美羽に対して、言い聞かせるように俺の言葉が美羽の心に
染込むようにと願って、ゆっくりひとつひとつの質問に丁寧に答える。
ぴくん。
小さく震えて、美羽の目はまばたきを忘れたかのように、俺の顔を見つめる。
やっと。
やっと視線が初めて絡み合った気がする。
やっと美羽の視界に、ちゃんと入れた気がする。
気持ちは伝えたのに、まだ何か足りなくて。こんな言葉じゃ、全てを伝えられなくて
落ち着くと思ってた心臓は、また不規則に飛び跳ねる。
もどかしい。
この溢れんばかりの気持ちを、どう表現したらいい?どう話せば、全てを言葉に乗せて
伝えることができるだろう?
考えがまとまらない。つまらない、ありふれた言葉だけが思い浮かぶけど、
どれもこれも使い古されたような言葉で、今俺が抱えている想いを伝えるには
何かが足りなかった。
目の前の美羽は、この手を離せばすぐにでも後ろに跳び退りそうな様子だった。
もどかしい。
言葉が、足りない。どの言葉も、伝えきれない位、胸に大きなカタマリを抱えてた。
美羽にしか、解消できないカタマリ。
どうしたら、伝わる?
左手に掴んだ強く握り締められていた美羽の右手が、少し振るえ始めた。
驚き、怯え、戸惑い、疑い、そんなものが感じられるような反応だった。
違う、違うのに!伝わらない。もどかしさ。
そっと身をかがめると、美羽は全身を振るわせ、掴まれた右手を更にきゅっと握り締めた。
その右手を両手でそっと包み、ゆっくり手の平を開かせると、食い込んだ爪の
跡がうっすらと残る手の平に、想いを込めて口付けた。