第1章8.色褪せた世界
美羽が俺の目の前から消えて、もう3週間になる。
6月も終わりに近づき、今年は例年よりも早く梅雨明けし、周りの景色は緑は青く、
花々は色鮮やかに咲き誇っている。
様々な色に溢れた景色のはずなのに。
俺の世界からは色がなくなったような、そんな感じだった。
何も変わらない毎日。それが以前はそこそこ楽しめたはずだった。
サークルでは3人掛けのソファに1人ゆったり座り、適当に悪友や女の子と遊ぶ。
パーティーを開いたり、家の仕事にも興味を持ち始めていたから美羽がいなくても
それなりに充実していたのに。
会ってたった2ヶ月ちょっとの美羽が、いつの間にか俺の世界の真ん中に
居座っていた。
今では、隣に誰も座る人が居ないのに、美羽が座れる空間を空けて座ってしまって
仲間からは、からかうというより心配そうな目を向けられる。
俺が恋に堕ちたなんて、今までの俺の言動からして絶対からかわれるんだと思ってた。
でも、人に本気になれない俺を皆心配してたんだって言う。
その言葉に、なんだかくすぐったいような、暖かいような気持ちになった。
今はこいつらに救われてる気がする。
最近は、2~3日ごとに美羽の家を訪れている。
二宮が頼まれた、郵便や宅配、その他諸々の整理って役割を頼み込んで任せてもらった。
建人からは、「ストーカー一歩手前じゃね?」なんて笑われたけど、いや、これは
頼まれた(二宮が頼まれたんだけど・・)用事があるからだ!と、言い聞かせ、彼女が居た空間に
足を踏み入れる。
ただ・・・ここも、以前来た時のようなぬくもりが無くなり、色褪せて見える。
美羽は、俺の視力も奪い取ったのか?
俺がこの役目を担った事は、美羽は知らない。
そう・・台北に発って3週間。まだ彼女からの連絡は、無い。
実は先週、何かに理由をつけて、台北にも行って見た。
が、やみくもに探しても美羽と会えるはずが無かった。
病院も、ロクに名前も知らない入院患者の情報を教えてくれるハズもなく、
ただただ、街を歩き回るだけになった。
二宮ですら、美羽の事は知らない事が多かった。
美羽は、聞き上手なのも手伝ってか、人に話をさせるのがうまくて、そう仕向けてるのか、
自分の事は二宮にもあまり語っていなかった。
その事で、二宮は美羽に信用されていない気がすると、今回の出来事の少し前に
美羽と大喧嘩したらしい。
つか、きっと二宮が一方的に怒っただけだと思うけど・・・。
その時、美羽も「ただ話す事が苦手なだけなの。てるちゃんの事は信用してるよ」と、話し、
今後は沢山りんの事も教えてね。そんな会話をしたばかりだったという。
結局、そのすぐ後にバタバタと日本を発ったため、二宮は美羽の兄が仕事で行ってる
台北で事故に遭った。・・・・これしか、知らないのだ。
さすがに、兄の名前くらいは・・と思ったが、お兄さんの名前も職業も聞いていないという。
基本ポジティブな二宮も、喧嘩した時に色々聞いておくんだった。と落ち込んでいた。
これじゃ調べようがない。
大きい病院に行ったところで、入院患者の名前も分からないんだから怪しまれて
当然だ。
待つしか、無いんだろうな・・・。
分かってても、この時間の長さと空虚感が辛かった。
人を「待つ」という事自体、初めてだ。美羽と会ってから、沢山の「初めて」を
経験している。
ただ残念なのは、圧倒的に「辛い・苦しい・切ない」事が多い事だ。
せめて、美羽の兄宛てに郵便などが届けば、少しまた調べられるんだけど・・・。
余程几帳面に方々に不在を伝えていたのか、ただでさえ少ない郵便は、全て
美羽宛てのものだった。
ひとつだけ、「はやし うみ さま」と書かれた幼い文字の手紙があったが、
これは間違えたんだろうな。ため息をひとつついて、ダイニングテーブルに置き、
部屋を出た。