10.3つの証拠
タクマ編
病院に念のため1日入院した翌日、やはり体には何の問題も無かったので即退院となった。
午前中に退院となり、1度帰宅した後に会社に出社して事情聴取も兼ねた聴聞会を行うことになっている。
家に帰ると妻のカズハが心配そうに待っていた。
「おかえりなさい。あなた……本当に大丈夫なの?」
「ああ、体は何の問題もないよ。だけど、今回の件で会社からは何らかの処分が下るかもしれない、そうなったら誠心誠意しっかりと対応はさせてもらうつもりだけど、クビになっちゃったらごめんね……」
さすがに今回の件は僕の暴走で周囲に迷惑を掛け過ぎた。
僕はまだ研修期間も終えていない新入社員という立場だ。
最悪、解雇も有り得るだろう。
そうなったら収入は途絶えてしまい、また家族に迷惑を掛けてしまう。
それだけが心配だった。
「うん……まあその場合はまた新しい仕事を探せば良いわよ。私がまた正社員に戻っても良いし、何とでもなるから大丈夫よ」
カズハが笑顔で答えた。
その笑顔に心の底から救われた気がした。
カズハが作ったお昼ご飯を食べた後にスーツに着替えて会社へ向かう。
会社へ到着すると、山田君や事務員さん達が駆け寄ってきて、皆一様に心配してくれた。
どうやら、僕が行方不明の間、全員仕事が手につかず、昨日は遅くまで残業になってしまったらしい。
ここでもまた迷惑を掛けちゃったなぁ……
心の底から申し訳なく思ってしまった。
そうこうしている内に課長から会議室へ来る様に呼び出しが掛かった。
聴聞会が始まるみたいだ。
僕は意を決して会議室へ向かった。
会議室は会社の2階にある。
階段を上がり、ドアをノックして入室する。
会議室の中に入ると、10名程だろうか。
こちらを囲むように役員達が座っている。
その中には、井上部長と田中主任も列席している。
恐らく関係者として呼ばれているのだろう。
「失礼します!石動 タクマです!今回は、私のせいで皆様に多大なご迷惑をお掛けしました事を心よりお詫び申し上げます。本当にすみませんでしたぁ!!!」
声を張り上げ素早く頭を下げる。
「……まあ座りなさい」
会議室の一番奥に座っている、壮年の男性が声を掛ける。
というかこの壮年の男性こそ我が【株式会社 花菱商事】の代表取締役社長、大川原社長なのである。
今回は、事が事だけに会社のトップ自らが聴聞会に出向いて来た。
それだけダンジョンの中で遭難者を出すということは一大事という訳だ。
「さて、聴聞会を始めようか、皆さんよろしいですかな?」
大川原社長の右隣の男性が進行役の様だ。
ちなみにこの進行役の男性は香川専務取締役、会社のナンバー2である。
香川専務はダンジョンで採取された魔物の素材や魔石、薬草や鉱石等を製品に加工する製造部門のトップを担っている。
更に大川原社長の左隣に座っているのは城田常務、会社のナンバー3だ。
こちらはダンジョン部を統括するトップだ。
城田常務は現場の冒険者から優秀な業績を上げ続け会社のトップ3まで上り詰めた叩き上げで、今まで会社に所属してきた歴代の冒険者の中でも実力はトップと言われる程の伝説の冒険者として名を馳せている。
何とこの聴聞会には会社のトップ3が揃って出席しているのだ。
これは会社としても異例の事態と井上部長ですら驚いていた。
間違いなく展開次第で僕のクビなんていつ飛んでもおかしくない状況なのは間違いないだろう。
「さて、それでは昨日の事態の顛末を井上部長の方から報告してもらおうか?」
「はい、わかりました」
香川専務の取り仕切りで井上部長が起立し報告を開始した。
実は昨日の【レインボー・ゴッド・スライム】との遭遇も井上部長には報告済みだ。
最初は全く信じてもらえなかったが【虹神の腕輪】や受け取った【マジカ】を見せると一応納得をしてもらえた。
この聴聞会での報告に関しても、その辺りの情報を盛り込んである。
報告内容としては……
・【水晶の洞窟】地下3階層にて田中主任と石動の2名で引継業務中に石動が【ゴールデンスライム】を発見。
・田中主任の制止を振り切り、石動が立入禁止区域まで侵入してしまい地面が崩落、石動が行方不明となる。
・田中主任は直ぐにダンジョンナビゲーターにて会社へ事態を連絡、自身も2次被害を回避するために洞窟を脱出した。
・事態の報告を受けた井上部長はすぐさま対策本部を設立。政府のダンジョン管理省へ報告すると共に会社内の精鋭を集めた探索部隊を組織した。
・石動が遭難した約3時間後には【水晶の洞窟】入り口にて捜索部隊の侵入準備が完了した。
・今まさに捜索へ出発しようとした時にダンジョンの入り口から石動が帰還した。
以上の内容がまとめられて報告された。
「……昨日の事態の概要は以上となります」
井上部長が一旦報告を終え席に着いた。
「ご苦労。まあそこにいる石動君が【ゴールデンスライム】を発見して頭に血が昇ってしまった新入社員が暴走してしまい大問題に発展してしまった……そんな感じだな」
大川原社長が感想を述べる。
「まあ、そうですね、幸い怪我人はゼロとの事でしたので、石動君に何らかの処分を下してこの件は幕引きで良いのでは?」
香川専務も所感を述べる。
どうやら僕の首の皮も繋がりそうな気がしてきたな。
そこで、城田常務が口を開いた。
「ああ、井上部長の方からもう1つ追加で報告があるそうです。何でもこっちはかなりの重大な情報だそうです」
「……何やら物騒な話の様だな。井上部長、報告してもらおうか?」
「はい、この情報は昨日、石動君が遭難中に発見したものに関する報告となります」
……とうとう来たか。
【レインボーゴッドスライム】の情報だ。
「……ほう?それは一体何を発見したと言うんだ?」
大川原社長が興味深そうに井上部長に質問する。
「はい、石動君の報告では、今回石動君が崩落に巻き込まれ辿り着いた先は【水晶の洞窟】の地下8階層。そこには無数の【ゴールデンスライム】が生息。更にはスライム達の神を名乗るSSSランクモンスター【レインボー・ゴッド・スライム】なるものが存在したそうです」
井上部長の報告に会議室にいた面々が一気に騒ぎ出した。
「……い、今の報告は本当か?地下8階層に無数の【ゴールデンスライム】にSSSランクモンスターだと?それが本当なら世界がひっくり返るぞ!?」
大川原社長が身を乗り出しながらこちらを睨み付けている。
「さすがにそれは有り得ないだろう、どう思う城田常務?」
香川専務が城田常務に意見を求める。
香川専務自体は報告を全く信じていない様だが、社内でのダンジョン部門のトップである城田常務に意見を求めた形だ。
「【水晶の洞窟】は私も若い頃によく潜っていました。しかし地下8階層なんて聞いたこともない。【ゴールデンスライム】に遭遇したこともないし、何よりSSSランクモンスターなんて世界に存在していないはずです。にわかには信じ難い情報ですね……」
城田常務は腕を組み天井を仰ぎ見ながら考え込んでいる。
「……信じ難いが……井上部長がここにそんなお伽話を持ち込むとは思えない。その話が本当だと証明出来る証拠はあるのか?」
しばらく考え込んだ末に出てきた言葉は至極当然と言えるものだった。
井上部長はこちらに視線を送っている。
これはここからは僕にバトンタッチをするので頼むぞ、という意味合いの視線だろう。
僕も井上部長の目を真っすぐ見つめ直した後に小さく頷く。
その反応を確認し井上部長が意を決したかの様に言葉を発する。
「はい、その報告に関しては石動君の方から直接報告させて頂きます」
「うむ、わかった。石動君よろしく頼む」
大河原社長の許可が出たので僕は意を決して立ち上がった。
「それでは、私の方から報告させて頂きます。先程の井上部長からの報告の内容に関する証拠は3つあります」
「ほう、3つも証拠があるのか。まず1つ目は?」
「はい、1つ目の証拠は私が今身に着けているこの腕輪です」
そう言いながらスーツの袖を捲り上げると晶虹色に輝く腕輪が出現する。
「その腕輪は一体何だ?」
「はい、これは【虹晶神の腕輪】と言いまして【レインボー・ゴッド・スライム】を蘇らせたお礼にもらったアクセサリになります、ダンジョンナビゲーターの鑑定機能を使用すれば本物かどうかわかって頂けると思いますが……」
僕がそう述べた瞬間、田中主任がダンジョンナビゲーターを取り出して大川原社長の方へ持っていく。
この辺りの動きは予め打ち合わせで決めた通りだ。
大川原社長は自らダンジョンナビゲーターを操作し、【虹晶神の腕輪】へ鑑定機能を使用する。
「……な、何だこの性能は?こんな高性能のアクセサリなんぞ今まで見たことも無いぞ。しかもレアリティがLとはな」
大川原社長がそう述べた瞬間、両隣の香川専務と城田常務がダンジョンナビゲーターの画面を覗き込んだ。
「こ、こんなものが本当に存在するとは……」
「あのダンジョンには何百回と潜ったがこんな代物があったとはな……これは【他者譲渡不可】だと?という事は石動君の専用装備になるのか!」
香川専務と城田常務も驚きを隠せない様だ。
「現在日本にレアリティLの装備品はいくつあるんだ?」
「はい、確か剣タイプの武器が1つだけのはずです。確か【草薙の剣】とか言う名前で国立博物館に飾られていたかと……」
「恐らく今は国宝に認定されています。そんな貴重な装備が目の前にあるとはな……」
こ、国宝だって?
そんなレベルの装備が自分の手に装着されていると思うと何か怖くなってきた。
「ということは、石動君の報告は本当ということになるが……」
「大川原社長、念のため残りの証拠も見せてもらおうじゃありませんか。判断はそれからでも遅くはありません」
「うむ、それもそうだな。それでは2つ目の証拠を見せてもらおうか」
香川専務の進言で2つ目の証拠を提示することになった。
僕は懐から【レインボーゴッドスライム】から受け取った数枚の【マジカ】を出した。
「それは一体なんだね?」
「はい、これは【マジカ】です。同じく【レインボーゴッドスライム】から受け取りました。恐らく日本中のどこにも流通していない希少なカードです」
「ほう【マジカ】か、息子が昔はまっていたな。これが2つ目の証拠という訳か」
大川原社長達がカードを手に取り興味深そうに見つめる。
「この中に【マジカ】に詳しい者はいるかね?」
大川原社長の問いかけに対して1人だけ手を挙げる人がいた。
……田中主任だ。
「はい!私は【マジカ】の大ファンです。今もたまに【マジカファイト】の大会に出場しています」
……そうなのか、田中主任。
見た目はゴリゴリの体育会系なのに人は見た目に寄らない者だ。
田中主任が心なしか顔を紅潮させている。
「それでは君から見てこのカードはどう思う?」
そう言いながら大川原社長が田中主任にカードを差し出す。
田中主任は無言で数枚のカードを受け取り、1枚ずつ内容を確認する。
生唾をゴクリと飲み込むと唐突に言葉を発する。
「……ここにあるカードは全てとても貴重なカードです!間違いなく世界中のどこにも存在してないでしょう!特にこの【レインボー・ゴッド・スライム】のカードはレアリティ(レジェンド)です!私の知る限り存在していないはず!しかも……全て本物です!」
興奮気味に捲し立てる様な言葉を並べる田中主任に若干皆引いている。
いつも冷静だった田中主任のこんな姿は始めた見た。
どうやら【マジカ】には本当に目が無いらしい。
「ちょっと落ち着きたまえ。とにかくここにあるカードは本物でとても貴重なカードということに間違いは無いんだな?」
「はい!間違いありません!」
食い気味に答える田中主任によって、この【マジカ】が本物だということが証明された。
「なるほどな。これで証拠が2つ出て2つ共に本物だった。これでもう報告は間違いなく本物だろう」
「はい、そうなりますね」
当社は懐疑的だった香川専務ですら認めざるを得ない状況らしい。
「それでは石動君の報告を信じるという方向で……」
「待って下さい!まだ最後の3つ目の証拠に関しての報告がまだです!」
そこで手を挙げたのは……
他でもない僕だった。
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