魔王から求婚されました。
「さて、ここからは二人の時間だ。
ジェイもクレアも帰れ!邪魔だ。」
そう魔王が言い出し、二人はブーブー言いながら帰っていく。
笑顔で手を振る私に二人は「また遊んでね〜」と言いながら遠ざかっていく。
見送り終わると魔王が私の手を掴み
「次の場所は、俺のお気に入りの丘だ。」
そう言うと、目の前の景色が海へと変わる。
海が一望出来る丘の上に転移したのだ。
「わぁ〜。海だ。綺麗〜。」
思わず声を上げる私に。
「海くらいで、そこまで喜んでくれたなら嬉しいよ。あの地平線の先は何も無いけどな。
本来なら、他の世界と繋がってたんだが…。
あの戦いの終止符の時に隔離された。
神からの罰だろうなぁ。
いつか、結界を解除してくれる日が来るって信じてんだけだな。
きっと、天使族と仲良くならなきゃ無理なんだろうが。
本来なら、その架け橋が人間であり精霊王なんだと思う。
当時の魔王が人間の女と交わったのは、その為だと思うからな。
だから、俺も機会を待ってた。
興味を惹かれる人間の娘が誕生するのを、ずっと待ってた。それが、オマエだ。
オマエが見る世界が見たいと思った。
新しい視点が無限に広がる気がした。
こんなに、もっと人間が知りたいと思ったのは初めてだ。
理由なんて分からないが、そう思った。」
海を眺めながら、そう語る魔王を見つめ
「私も、もっと魔族を魔界を知りたいし見てみたい。そう思ってるわ。
リヒトに、新しい世界を見せる事なんて出来るか分からないけど。
私が役立てるなら嬉しいと思う。」
魔王の視線が海から私へと切り替わる。
真っ赤な瞳が私を捉え離さない。
「オマエは、魔王の血が濃いな。
その赤い瞳は人を惑わす。本能を刺激するんだ。
魔王が何故に闇や悪を象徴すると人間に思われるかの理由でもある。
心にある欲望や本能を刺激し、理性のブレーキを外させてしまう。
けれど、それはキッカケでしか無く。悪い事でもない。仕舞い込んだ想いを解き放つものだから。
けれど、暴走して破滅へ向かう者が多い。
それ程までに、溜め込んだ証でもあるのだけれど。溜め込んだ想いはやがて膨らみ濁り変形するんだ。爆発寸前の爆弾みたいな物だな。
溜め込む事は良くない事だ。
想いは直ぐに消化してやらなければ強力なエネルギーになる。その強力なエネルギーの使い方を間違えなければ良いのだが、大抵間違える。
魔力を蓄える力が弱い者だと、オマエの瞳は毒にもなる。
魔力を保有する量が強い者なら問題はない。
そうやって、無闇矢鱈に誰かを見つめるな。
オマエに見つめられた人間の多くは欲望が浮き彫りになる。
オマエに関係ない欲望なら良いが、もしもオマエを邪な想いで見てたとしたら…襲われるぞ。
危なかっかしい女だなオマエは。
王族や貴族は比較的に魔力量が多いだろうから心配無いが平民となると話は別だ。理性が飛ぶ者が多いだろうからな。
オマエが、今まで家で大事に囲われてた理由でもあるな。
その瞳のコントールも身に付けなきゃな。
まぁ〜人間、魔力量関係無く理性が吹っ飛んでる奴も居るけどな。」
そう言うと、私の目を見つめたまま私の右頬を掌で包み込んできた。
暫しの沈黙が続いたと思ったら、ピピピっと何かが鳴る音がする。
すると魔王が、チッと舌打ちして指に視線を落とし魔力を込めた。
「何だ?」
不機嫌そうな声で指輪に向かって話す。
すると指輪から父の声が聞こえてきた。
「突然、すいません。
ちょっと不味い案件がありまして…。
明日、そちらに伺いますので娘と話をさせて下さい。」
魔王は少し考えた様子を見せたが
「不味い事は、ルナに関することだと言う訳か?
大方、王室絡みか?前にも、そんな話が出てたな。まったく、俺を舐めてるのか?アイツら。
魔界から出られないとでも思ってるのか?」
怒りのオーラが漂い始める。
「そんな所ですね…。
まず、ルナの気持ちの確認をしたいと思いまして。」
怒りのオーラが父にも伝わるのか父の声も小さくなる。
「分かった。俺もルナの気持ちが最優先だ。
では明日、詳しく話そう。じゃーな。」
そう言うと魔力を遮断した。
私の気持ちって何の話なのだろうか?疑問に思っていると
「ルナ。ゆっくり進めるつもりだったが、そうも言ってられないみたいだ。
まだ、はっきり決められないと思うが…。
俺を取るか人間の王族を取るか決めろ。早急にな。
王族が急かして来たらしいからな返事を保留にも出来ないのだろうな貴族って奴は。
狙いは、オマエの家を支柱に収める事だろ?
莫大な利益を生む魔石が取り放題だもんな。
一人娘って事は、今がチャンスなんだ王族としてはな。人間社会は面倒だな。
政治に巻き込まれる運命から逃げたいなら俺を選べ。人間の小僧よりは、マシだと思うぞ。
まぁ〜、仮にも相手は王子だからな。
多分、第三王子辺りか?第一王子は身体が弱くて、あまり表舞台に出て来ないのだろう?
まぁ〜、王子との逢瀬も楽しいかもだけどな。
ルナが好きに選べ。選択権はオマエにある。」
思わず溜息が溢れる。
「ほんと何もかもが、いきなり過ぎっ。
リヒトとの謁見もそうだったけど、今度は王子と?何それ、何なの?」
少しキレ気味な私に魔王が笑う。
「キレろキレろ。
怒りたいなら怒ればいい。オマエの自由だ。
ルナ。オマエはどうしたい。
俺なら叶えてやれるかも知れないぞ。
俺を選び利用すれば良い。俺が付き合ってやるよ。人間と違って俺の時間はたっぷりある。
ほんの刹那な時間、オマエの為に使える。」
私は無言で考えた。
王太子に指名されるのは、きっと第二王子だ。
小説で触れられていた気がする。
第一王子は病弱と言うのは表向きの話で、少しづつ毒に侵されていた身体は、起き上がる事さえ困難になりつつあるのだ。
実は第一王子は、王妃の息子では無い。王の妾の子なのだ。その事実を知る者は少ない。
あまりにも、サラッと書かれているエピソードに過ぎずメインストーリーでも無い一部に過ぎないエキストラの様なものだ。ほんと、記憶と言うのは曖昧なのだ。
前世の記憶が蘇ってきた瞬間は、あんなに鮮明だったのに、少しづつ薄れてくる。
細部まで思い出せないのだ。
私は本当に自由に選択する事など出来るのだろうか?
「話の流れ的に、王子との婚姻の話は王命なんじゃ無いの?それは強制なんじゃ無いの?
自由に選ぶ?そんなの出来る訳ないじゃない。
仮にも私は貴族の娘。国王に忠誠を誓うものでしょ?自由なんてない…」
そう力無く訴える私に魔王は、ヤレヤレと言うと
「俺を誰だと思ってる。
たかが人間如きが俺をコケに出来る訳が無いのだ。オマエ達、人間は勘違いしてる様だが門は飾りに過ぎぬ。
それほど強制力は持ち合わせてないのだ。
人間に、どう伝わってるか知らないが俺も天使族も精霊王に気を使ってやってるだけだ。
自分の土地で争い壊すばかりの俺達に怒った精霊王が人間についた。
精霊王が人間の許可が無きゃ地上に来るなって言うから守ってるだけだぞ。
魔王は条件を付けた。自分の血を分けた人間としか交渉はしないってな。
だから、オマエの先祖代々だけが魔界に入れる。
だから、オマエが俺に地上に出て来ていいって言うだけで俺は地上に出ても精霊王に何か言われる事もない。
精霊達を怒らせて良い事なんて無いしな。
オマエが、国王の遣り方が気に入らないなら俺が潰してやる。
元々、オマエの国の所有権はオマエの家のものなんだぞ。奴らは、皆を欺き自分達が魔王の血を分ける一族だと偽ってる訳だからな。
俺には関係ないから、今まで黙って見て来たがオマエ達一族が望めば国さえオマエ達のものだ。
人が魔力を扱える様になったとはいえ、魔王に勝てると思うか?
所詮、王族もオマエより劣るだろ?
どっちが上か分からせる良い機会だぞ。」
今まで、見て来たリヒトの中で一番、魔王らしい一面だった。
「明日、お父様の意見も聞きたい。
私、一人の意見では決められない。
そう言う生き方しか今は出来ないよ。」
そう言う私に魔王は少し残念そうに
「分かった。それもオマエの気持ちだ。
そして一つの答えだ。完璧な正解なんて無いからな。
まぁ〜、今日は、もう何も考えるな。考えても仕方ないだろ?しらけたな。
城に帰って酒でも飲むか?
オマエも飲むか?
それとも何かしたい事はあるか?
楽しいことをしよう。」
きっと気を使えってくれてるのだろう。
でも、何をしても気が晴れる気がしなかった。
「もう少しココで海を眺めてていい?」
そう答えると魔王は無言で隣に寄り添ってくれる。ぼーっと海を眺めていると急に頭を撫でられた。隣に視線を移すと
「何、考えてる?
俺は、オマエのそんな顔は見たく無いらしい。
願わくば笑顔でいて欲しいと思うよ。
生まれも育ちも種族も関係なく、オマエが本当に望むものって何だ?」
とても穏やかな顔で聞かれる。
私の望みか…。
私の望みって何だろうか?
改めて聞かれると直ぐには思い付かなかった。
「難しい質問ね。
自由に考えた事なんて無かったかも知れないわ。
直ぐに思い付かない位に望む事を放棄してた気がするの。
現状で選択できるものの中から選ぶとは違う訳でしょ?自由って案外、難しい。
やっぱり、外的な要因を考えてしまうもの。
私の望みを叶えたら、他の人はどうなるの?とか迷惑かけるんじゃないかとか…。
やっぱり、人間は難しく考えてしまうみたい。
自分の事だけ考えてシンプルに行動出来ない。
それだけ大切にしたい繋がりが多いのよ。
きっと人間は孤独を嫌うの。
誰かと繋がり育む事を大切にするの。
だから時に、自分を犠牲にしてしまう。
ん〜、違うかな?
犠牲とも思わないのかも知れない。
大切な人が幸せで居る方が良いと思えてしまう時があるのよ。
リヒトには理解出来ない概念かな?
リヒトの望みは何?」
魔王は黙って私の話を聞いていたが、最後の問いに驚きの表情になる。
「俺か?ん〜…。
人間の概念は何となく頭で理解してるぞ。
それを本当の意味で理解する為にはオマエが必要だけどな。
俺にも大切な守るべき家族が出来れば分かる感情もあるだろ?
オマエ達一族は前の魔王達の家族だ。
俺のであって、違うだろ?
個体としては、きっと復活した肉体なんだと思うが記憶は受け継がれないからな。
姿形が同じでも人格はきっと違う。
こうしてオマエと過ごした日々の中でルナが笑顔で居られるなら、俺は何でもしたいと思えた。オマエが言う概念とは、そう言う事だろ?
魔王としての義務で魔界や魔族を守るとは違う感覚だ。オマエが俺に教えてくれた感情は新たな世界を見せてくれてる。
ルナが哀しみの表情をすれば俺も哀しみに囚われるし、誰かがオマエを独占すれば腹立たしい。
俺は、オマエが愛おしい。
だから、ルナの意思を尊重したいと思いながら手放してたまるかって思いが同居する。
オマエの儚い命の時間を共に過ごしたい。
ルナも、そう思ってくれたら嬉しいと思う。
それが俺の望みだ。」
リヒトは私を見つめ微笑む。真っ直ぐに私を見つめる瞳は優しい。
だから私も素直な想いを打ち明ける。
「私も、リヒトと過ごす時間は心地良いし好きよ。きっと私もリヒトに惹かれてる。
でも、リヒトと私の時間の流れは違いすぎて…。
リヒトは、今と少しも変わらずなのに私だけ老いていくのよ?
そして、いつかリヒトを置いて死を迎える。
その過程が幸せで居られるのか私には想像が付かない。1人だけ老いていくのが耐えられなくなるかも知れない。
まだ、来てもない未来に不安を抱くのは馬鹿馬鹿しいのは分かるけど、やっぱり考えてしまうの。
辛い恋はしたくないと思ってしまうの。」
俯く私だったが、リヒトの手によりリヒトの瞳を見上げる事になる。
「確かにルナは美しい。
人間の美しさは永遠では無いのも知ってる。
けれど、容姿など付属品に過ぎない。
その美しさに影を落としても、ルナが老いても俺は変わらず美しいと言おう。
オマエの美しさは、表向きの容姿だけでは無いからな。
容姿が美しい者など他に幾らでも居る。
その全てに興味を惹かれる訳では無いだろ?
それに、オマエが残す子供がルナの痕跡を残していくんだ。
オマエが魔王特有の黒髪に赤い瞳、そして綺麗な容姿をしてる様に、その血は色濃く残る。
いつか、オマエが死を迎えても子孫がオマエの面影を映すんだ。
そして、いつかオマエの魂を持った者が現れる。
そう信じてる。
オマエに記憶はなくとも、俺は分かる。
そして、また俺に惚れさせてみせる。
だから恐るな。」
そう言って、私の唇を奪った。
ルナにとってのファーストキスだ。
いきなりの事で、呆然としてしまう。
思考が追い付いていなかった。
キスされたと言う事実を受け入れた時、恥ずかしさが込み上げて真っ赤な顔で思わず口走る。
「ちょっ、ちょっとっ!
ファーストキスだったのよっ。
急に奪うなんて反則でしょ〜。」
訳が分からなくて逆ギレしてしまう。
両手で顔を覆い俯く。どんな顔をして向かい合えば良いのか分からなかったからだ。
そんな私にリヒトは
「反応が素直じゃなくて可愛いな。
少しづつ慣れてくれよ。俺はオマエが欲しくてたまらないのだからな。
でも、俺が悪いな。
ゆっくりと関係を深めるべきだった。
次から、ちゃんと我慢する。約束するよ。
だから許せ。」
そう言って、俯く私の頭を撫でた。