前世の記憶を思い出しました。
「お嬢様っ!危ないっ!」
庭園を散歩していた時だ、誰かの叫ぶ声と同時に大きな衝撃を受けた。
後頭部に鈍い痛みと衝撃を受け、そのまま前に倒れる。
地面に叩き付けられる迄の数秒がスローモーションの様に長く感じられ、頭の中に大量の情報が流れ込んでくるのが分かる。
一瞬にして呼び起こされる記憶は、鮮明に私の意識に刻まれる様だった。
地面に叩き付けられ意識を失う。
次に意識が戻ったのはベットの上だった。
意識が戻った瞬間、今世と前世の自分の意識が混在して軽く頭痛を覚える。
「お目覚めになられたのですね?
ポーションで外傷は綺麗に治りましたが、衝撃が凄まじかったので…、痛みはありますか?
念の為にヒーラーを呼んでる所です。
今暫く安静になさって下さい。
何か、ご要望は御座いますか?」
ベットの横で心配そうな顔をしながら話しているのは、私の世話係のメイドだ。
何かが激突した瞬間に前世の記憶を思い出した私であったが、今迄の記憶が消えた訳では無い。
「サーシャ。ちょっと記憶が曖昧なんだけど…
私に何があったのかしら?庭を散歩してて、急に鈍い痛みと衝撃が走って…」
そこまで話すとメイドのサーシャが
「実は、騎士達が剣の稽古中だったそうで本気の戦闘訓練と言う名の対戦形式で試合をしていたらしいのです。
魔法も使った戦闘で、勢い余って武器が飛んでいってしまったと…。
運悪く、お嬢様にお当りになりまして。
只今、騎士達は当主様の怒りを買って謹慎中です。」
そう、私は侯爵家令嬢。
我がハインズ家は、国の門番を司る侯爵家。
魔界へと繋がる門からは大量の魔素が溢れる。
その濃過ぎる魔素の影響で魔物が大量に生まれるのだ。
その魔物を討伐する役目を補うのが我がハインズ家なのだ。
門周辺の領地は山と森が豊かで魔素の影響で最上級の魔石が獲れる。
その管理、流通も任される上流貴族でもあり莫大な国の資金源を握っている。
表向きは国王が魔王の血を分けた一族となって居るが、本当の魔王の血を分けた一族はハインズ家だと言うのはハインズ家と王族のみが知る秘密でもある。
その為、ハインズ家だけが、独自の騎士団を持つ事を許されている。
屋敷の庭園を挟んで隣に騎士団の宿舎や鍛錬場があるのだ。
これは、王族も知らないハインズ家の機密事項なのだが、ハインズ家に生まれた女児は魔王と謁見する事がしきたりらしい。
魔王が気に入れば、魔王への貢物にされる。
要は、ハインズ家の血が薄まらない為に魔王との子を成せと言う事だ。
その生まれた子供は男の子なら、その時の当主の子として育てられるのだ。
決して、その娘の子として育てられない。
侯爵家令嬢なんて名ばかりのハインズ家の道具でしか無いのだ。
魔王に気に入られなければ、有力な貴族のスペアと婚姻するだけの事。私に選択権は無い。
「そうよね。
成人迄は大事に育てなくてはね。
魔王様に謁見する前に傷なんて作れないものね。
私は大事な道具ですもの。」
俯く私にサーシャがムキになって反論する。
「そんな事、言わないで下さい。
お嬢様は道具では御座いません!
ご当主様だって、大切に思ってます。
それになりより、私はお嬢様が大切です。
ずっと、お側で守りますから。
今回は、お守り出来ず申し訳ありませんでした。
当主様からキツく叱られました…。
今後、この様な失態は繰り返しません。」
サーシャは普通のメイドと違い護衛も兼ねている。元々、騎士団にいたサーシャは父の命令で私の専属メイド兼護衛を任されているのだ。
私が幼い頃から側にいる為か、歳の離れた妹の様に思ってくれている様だ。
「ありがとう。サーシャ。
それに、今回の事は気にしないで。」
笑顔で御礼を言うとドアをノックする音が聞こえる。
サーシャが対応すると、一人の女性が姿を現した。王城から派遣されたヒーラーだ。
私の側までやってくると挨拶もソコソコにヒールを掛けてくれる。
とても心地良い温もりに包まれ身体中が癒される感覚を感じる。
「これで完了です。
完治してると思いますので、普段通り過ごされて大丈夫ですよ。
それでは、私はこれで…。」
そう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。御礼を言う暇さえなかった。
王城に常駐するヒーラーは、友好関係の証として大天使の血を受け継ぐ者が治めるスーベニア王国から派遣された聖職者なのだ。
その為か、普段から我が国の者に心を開いて居ない感じがあるので、素っ気ないのだ。
「そう言えば、今は何時なの?
私、どのくらい寝てたのかしら?」
そう問えば、私が気を失ってから1日は経過してた様だ。
ポーションで直ぐに対処したのに私が目覚め無いのでヒーラーまで呼ぶ事態になったとか。
そして今は、昼過ぎだと言う。
「そう。皆に心配かけたわね。
サーシャ。サッパリしたいわ。
湯浴みの準備を頼めるかしら?その後に食事を取るわ。
それに、父にも御礼を言いに行かなきゃね。」
そう言うとサーシャは笑顔で返事をし、テーブルに紅茶をセットすると準備をし始めた。
私は起き上がりソファーまで移動すると一口、紅茶を飲み込んで深い溜息を付いた。
私は、ハインズ侯爵家の一人娘だ。
ルナ・ハインズ。15歳。
母は私を産むと体調を崩し、そのまま還らぬ人となった。父は、その後に後妻も迎えずに今に至るのだが、無口な父とは会話もあまり無く何を考えているのか分からない。
しかし、後妻を迎えないと言うことは母を愛して居たのだろう。
だから、私のせいで母が死んだのだと思うと気まずい気がしていたのだ。
ハインズ侯爵家の事を考えたら、私の未来は魔王に気に入られ子を成すか、ハインズ侯爵家に婿を迎えるかと言う事になる。
ハインズ侯爵家の次期当主となる者となると、その相手は絞られてくるのだろう。
小説の内容で、ルナ・ハインズなどと言う登場人物は記憶に無い。
黒髪に赤い瞳のクールで綺麗な顔立ちは主要キャラでも可笑しく無いのだが…。
物語のメイン国がスーベニア王国だからなのかも知れないが、小説の世界に転生しても私はモブなのだ。
決まりきった生き方しか出来無さそうな、親のレールに乗せられて生きるのが貴族令嬢だ。
前世の記憶が、どれほど役に立つのか疑問だ。
私の新しい人生は、どうなって行くのだろうか?
そんな事を考えていたら
「お嬢様。支度が整いました。」
サーシャがバスルームの方から顔を出し声を掛けてきた。
バスルームへ移動しサーシャに身を任せた。
慣れた手つきで服を脱がしに掛かるサーシャ。
今迄の記憶があるから抵抗も無い。
前世の記憶だけなら恥ずかしさが勝るのだろう。
バスタブから薔薇の香油の香りが漂い、息をする度に良い香りに包まれる。
湯船の中に入り身体を洗われたり髪を洗われたり至れり尽くせりの時間は、とても心地良く気持ちがスーっと軽くなる。
とても贅沢な時間だ。
湯浴みが終わり支度を整える。
部屋着のドレスも、そのまま外へ出ても良い程の上等で鮮やかな色だった。
黒髪が艶々でサラサラなストレートなロング。
ルビーの様な瞳に赤くふっくらした唇。
目の下の小さなホクロ。
そして、豊満なバストにクビレたウエスト。
15歳には見えない位に大人っぽい容姿。
充分に女としての魅力を持ち合わせていた。
一見、冷たそうな印象もあるが、とても美しく現実離れした容姿は魔王の血がそうさせるのだろうか?
支度を終えるとサーシャが
「お食事は、当主様も御一緒されるそうです。
なので、ダイニングまで参りましょう。」
私は頷くと部屋を後にした。