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7 魔女



 一晩経った次の日、お爺さんと一緒に日の出と共に起きると薪を作りに外に出た。

 お爺さんはこの火葬場の守り人として働いているそうだ。もう何年もここを1人で切り盛りして居ると言う。

 ケンタウロスという種族であるケイノスは下半身が馬、上半身が人間という種で、森の番人、そして火葬場への案内人としてながい間協力しているのだそうだ。


 ここは日本ではない。

 そもそも知っている地球ではないことを理解したのは、一夜明けて随分と時間が経った頃だった。

 窓の外で朝霧の海をかき分けて太陽が昇っていくのを見ながら、富義はほとんど眠ることはできなかったが、腹が満たされて脳みそが回ったおかげで少し落ち着くことはできた。


 理解はできないが、受け入れることにしたのだ。ここは地球ではない、どこか。自分の知っている世界じゃないどこか。

 映画でも撮影でもなくて、人間じゃない人々が生きている『どこか』なのだと受け止めた。


 酷い孤独が襲ってきて心臓がバクバクと不安で破裂してしまいそうだったが、なんとかそれを飲みんこんだ。胸にじくりとした痛みと重みが増したが、気にしないことにした。

 


「え? 人間は言葉がわからない……?」


「ほっほ、富義は異界から来たから何かが違うのかもしれないが、この世界では全く通じない。時々現れるが、百年、二百年にちょいちょいくらいか」


「そうだったんだ……でもケイノスさんは」

「あやつは少々優しさを義務としているところがあるのでな。言葉が通じないとわかっていても助けずには居られなかったのだろう。言葉が通じてあやつが1番驚いたはずだ」


「そっか……」


 言葉がわからない、それがわかっていてそれでも見ず知らずの人間を助けようとするケイノスさんの優しさはじんわりと富義の心を温めた。そう言った優しさは随分と忘れていた事だった気がする。

 自分のことで精一杯で、しなければいけない事を消化して、しなくて良い事としても良いことを分別して。それをするのに一生懸命になって。

 そんな自分が恥ずかしくなった。

 

 ここは火葬場だとお爺さんは言った。知らなかったとは言え、理不尽な死や、悲しい別れがある場所での自分の態度が悪かった事が恥ずかしかった。今になって襲い掛かる羞恥に、悶える事しか出来ないが、必ず再開した時は謝ろうと心に決めた。


「薪を割ったらすぐそこに積み上げて置いてくれるかね」

「あ、はい」

「うんうん、助かるよ。なんと言っても年寄りにはきつい仕事だからね」



 カンカン、と斧で木を叩いてみるが、テレビや物語の様に一度で真っ二つに割れる事はなく、二度、三度でようやく丸太が半分になる。


 何度か繰り返してみたが、腕が痺れるばかりで上手く割れる事はなかった。


「いっ……たた」


 たった数分斧で丸太を叩いた程度で腕はジンジンとし始めて、手のひらは擦り切れて皮がずれ、薄皮と身の間にわずかな水膨れ(みずぶくれ)が出来上がっていた。

 汗もじんわりと頬を濡らして、体は熱を上げて居る。これは相当に運動不足だなぁと実感する。


「あらあら、痛そうなマメね〜新入りさんかしら?」

「! ぅわっ!」


 たった数分で根を上げるとは、呆れられてしまっては情けない。せめて薪割りくらいは頑張らないとなと気を持ち直し「よし」と息を吐き出した瞬間。耳元で涼やかな声が囁いた。肩に添えられた手の重みにびくりと肩が飛び上がる。


「なっ誰です!?」


「うふふ、あなた可愛いから、治してあげちゃおうかな」


「は? か、かわ……!?」


 背後から抱きしめる様にして覗き込まれた顔から、うねった金の髪がはらりと頬を撫でた。

 真っ赤な紅玉の様な瞳に目が奪われる。

 美しい赤が、みずみずしさを持ってキラリと揺らめいた。

 

 くたりと背中にもたれかかる様にして居るのか、柔らかな肌が背中にぴたりとくっついておりその温かな体温が布越しに伝わってくる。

 スーツの上着を脱いでしまったせいもあって、今身に纏って居るのはシャツだけだ。

 目が合い、それが女性であると認識した瞬間にブワリと汗が吹き出した。

 思わず背筋がピンと反り、動揺が口から飛び出しひっくり返って変な声が出てしまう。


 富義にもたれかかった女性はその反応を楽しむ様に、猫のように大きな目を弓のようにしならせてうっとりした表情で微笑んだ。長いまつ毛が、頬に影を落とすと、視線は富義の手へと戻る。

 汗がついたシャツにピッタリと体を密着して居ることに気がついて、距離を取ろうとみじろぎしたが、どうしてか、その場に足がくっついてしまったかのように全く動かなかった。


「ああ、ダメよ動いては。じっとしてね」

「! な、なんだこれっ」


 楽しそうな女性の声が必要以上に近い距離で聞こえて、彼女の唇が耳を掠めた。


 動かない足を見れば、足は青々とした植物の蔓によって強い力で地面に縫い付けられていた。


———植物……!? いつのまに!


 耳や背中に気を取られて居る間だろうか。

 どんなにもがいてみても、両足は全く動かない。


「貴方が動くからでしょう?聞き分けのない子」

「そんなこと言ったって……!」


 スルスルと足元から腰を伝い、ニュルニュルと出来の悪いダンスの様な動きを繰り返して奇妙な動きで体を這う蔓は富義の手のひらに到達するとぴたりと動きを止めた。


「こ、これ外してっ……!」


「ダメよ。だーめ」


 うふ、と楽しげに笑う女性は、肉付きのいい豊満な体を富義にくっつけて蔓をなぞる様に指をつつつ、と滑らせる。


 ゾワリとする感覚に、もう富義は恥や外聞など殴り捨ててやめてくれと懇願し泣いてしまいたくなった。こういった扱いには全く慣れていないのだ。今までに経験などない。


 しかしそうこう考えている間に「はいおしまい」と女性が声をかけるとあっという間に蔓は地面へ戻っていった。足をズラせば、ポカリと空いた空洞だけが地面に残っていた。


「え……あれ、治ってる」

 手のひらを見れば、腫れて水膨れになっていた部分が綺麗さっぱり無くなって、なんなら少し調子がいい。

 深爪気味だったせいで切れていた爪と肉の間も綺麗に傷は塞がっていた。


「ふふっ、ほら〜、だから治してあげるって言ったじゃない!」


「すごい……ありがとうございます、あの、貴女は?」


 艶やかな金の髪を靡かせて、真っ赤な瞳がパチパチと大きく瞬く。

 富義よりも頭一つ分小さな体は、黒いワンピースに覆われており大きく開いたスリットから白い脚が露わになっている。くすくすと笑う声で、自分が艶めかしい彼女の肌に見入ってしまっていた事に気がついて、ハッと視線を戻す。


「私は魔女。魔女のマジュリーよ、可愛い人の子、貴方のお名前も聞いても構わないかしら?」


「ま?魔女?ぁ、……僕は富義、です」


「とみ……トミーね!うふふ、よろしく」

「わっ」



 きゅうと絡められた腕は柔らかく、さらには押しつけられた柔らかい物の存在に思わず顔に熱が集まる。

 揶揄われている。

 わかってやっているのか、始終楽しそうにニコニコとしているマジュリーを見て、富義はそう思った。しかし、冷静になろうとすればするほど顔に熱が集まる。


 その時、パタタ、と腕に何かがこぼれた。


「え?」




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