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4妖精ファータの骸


 ひんやりとした空気が肌に触れて、肌寒さと体の揺れる感覚に、目が覚めた。ふるりと寒さで体が震える。

 はぁ、と吐き出した息が白いかたまりを作っていく。重たい瞼を起こせば、新緑を思わす色と目があった。


「寒いか?我慢しろ、あと少しだ」

「あ、いえ……」


 大丈夫です、と言ったものの、その言葉がケイノスにしっかり届いていたか不安になった。ケイノスの目はじっと静かに富義を捉えている。


 いつだって返事をする時は迷ってしまう。

 今口にした言葉が適切なのかどうか。

 それを決めるのは自分ではなく相手にある、そう思う。


 富義の声は布擦れの音にさえ掻き消されてしまいそうな自信のない返事であったが、ケイノスは嫌な顔一つせずに聞き入り、じっと見つめた。そしてじっくりと耳を傾ける。


 かと思うと「そうか」と短く答え頷き、丁寧に富義の体を地面に降ろした。


 短い返事ではあったが、それひとつで、不安で満ちた心の湿気りのような物がからりと晴れて行くような気さえした。不思議な気持ちだ。


「あなたは、人間じゃない……?」

「そうだな。なんだ、ケンタウロスは初めて見たのか?」

「ケン、タウロス……」

「そうだ」

「初めて……見ました」

「そうか。君の初めてのケンタウロスか。それは光栄な事だ」


 ふ、鼻先で笑う音がして、優しげな目が富義を流し見た。すぐにその瞳はそらされて、視線は遠くへと行ってしまう。


 ケンタウロス、言葉は聞いたことがある。しかしそれはテレビのコマーシャルで見る様な映画の世界や漫画やゲームの中くらいなもので、実在するとは夢にも思わなかった。これはドッキリで、そろそろあの有名な看板を掲げてカミングアウトするのでは、と期待をしてしまうが、そんな気配は全くない。

 改めて状況を考えるとドッキリ以外考えようがないのだが、妙にリアルで、設定だとか作り物には思えない。

 


 

「あれ……」


 目の前のケイノスの視線を辿れば、暗い森の中で薄ぼんやりと光る木が一本浮かんで見えた。

 電気や街灯なんかは一つもなく、足元も真っ暗闇に包まれているというのに、一本の木だけは森の中でふわりと浮かび上がったように光っていた。


 ———何か、花びらのようなものが落ちている?


 はらり、と光る木から何かが溢れ落ちた。


 目を凝らして見れば、木の枝からは、次から次へとポロポロと小さなものが木から剥がれて地面に落ちていっていた。


 なんとも言えない光景に、思わずゴクリと喉がなった。


 自ら発光しているモノが次々と落ちる様子は幻想的でもあるし、儚げで、どこか物悲しい景色に見えた。


「あれはファータだ」

「ファータ?」

「ああ、初めてか?」


 もちろん初めてだ。


 床へと落ちていく光をよく見ようと目を凝らせば、ぼんやりと光るモノの正体が、拳ほどの人間であることがわかった。


「ひ、人が……!」


 床に落ちる!

 小さな体が床にぶつかれば、タダでは済まないだろう。それを阻止しようと足を踏み出せば、ケイノスに肩を掴まれ制される。体がグンと後ろへ反った。

 ケイノスは静かに首を振って、そっと腕を下ろした。


「行くな……触れれば大地に吸収される。あれは人ではない、大木に宿る妖精だ」

「妖精……? で、でも、落ちて……」

「大丈夫だ。あれはいつもの事だ。時期がくれば毎度ああなる、放っておけば数分で終わるだろう」


「毎度……?」

「ああ、毎度だ。花が咲き、枯れて落ちるように、こぼれるように、その身を散らすのと変わらない。ああやって地面に吸われてまた甦る、そういうものだ」


 目の前に広がる景色はあまりにも儚げで、それは、なにか。


「まるで、葬式みたいだ……」


「そうしき? それは知らない言葉だな」


「え? そうなんですね……僕の国では亡くなった人と最後に別れの挨拶をするんです」


「……別れの挨拶」


「とても大事な、もの、ですよ」


 少なくても、僕にとってはそうだった、そんな言葉を富義は思い浮かべたが、それほど親しくもないあって間もない人にいうことではないと、

飲み込んだ。



 よくよく見れば、木々から落ちていく者(妖精達)を見ている妖精が木々から身を乗り出して見送っていた。

 

 名残惜しそうに手を伸ばす者、手を振る者、祈る者。ただ見つめるだけの者。誰もが、別れを惜しんでいるように思えた。


 妖精にも年齢はあるのだろうか。

 さほど歳を感じる見た目をしていないので、見送る者よりも若い者も、落ちて行く者達の中にはいるのではないかと思うと、余計にその光景は悲壮感が増すような気がした。


 そこには、ただ土に吸われて大地に戻っただけではなく、力無く項垂れた仲間の手を離すまいと掴む妖精の姿に別れへの悲しみや惜しむ姿があった。


 惜しみ、悲しみ、送り出す。

 その姿が消えるその瞬間まで。


 それは自分の身にも訪れた別れとそっくりで。

 最後の妖精がポロリと木からこぼれ落ち、床に沈んで消えていった。


 富義はじっとその様子を見た後、そろりと両手を持ち上げて手のひらを合わせた。


 何故手を?

 ケイノスはそう思ったが、口には出さなかった。人間の祈りのポーズによく似たそれは、聞かずとも同じようなものなのだろう、そう思った。


 ただの輪廻の輪を回すためだけの儀式。そこに感情なんてものは気にしたことなどなかった。

 静かに手を合わすのを静かに待つ。

 この行動に何か意味があるのかは、わからない。


 パチリ


 木の妖精と目が合った……?

 ふわりと風が凪いだ気配に、ケイノスははっとして、富義を見れば、彼の周りの空気がパチンと弾けた。彼はそれに気が付かないままに合わせた手を(ほど)きそっと瞼を持ち上げた。

 長いまつ毛が持ち上がって、はぁ、と息を吐くと、ふるふるとまつ毛が揺れる。


「……おい」

「あれ……何だか少し、暖かくなりましたね」


「……ああ」


 はぁ、と富義が吐き出した息は先ほどまでは白く空気中に色を纏っていたが、今は特段色はない。冷えて赤くなっていた鼻頭は色を潜めて、本来の色を取り戻している。

 

 『暖かくなった』という言葉を聞いて、これは妖精の祝福というやつか、とケイノスは理解した。


 滅多に目にかかることはない気まぐれな妖精らしい珍しいプレゼント。

 長く生きているが、それを受け取った者を見るのは初めての事だった。


 自身の体には特段暖かくなったり寒くなったりという変化が無いこともあり、彼だけに授かったものだとよくわかる。


 自分の体は疲れ切っているというのに、他人……ましてはただの妖精に祈りを捧げるとは。


「……変わった習慣だな」

「手を合わすのがですか? そう、ですかね……みんなやるでしょう?」

「……どうだろうか」

「……別れは、悲しいので、それはきっと誰もが一緒のはず、です。それには……できるだけ寄り添いたい、です」



 それはとても悲しいことだから。

 小さな別れも、大きな別れも。


 寄り添いたい、なんて。

 嘘をつけ。


 寄り添って欲しかった、寄り添って欲しい、祈って欲しい、それで終わらせることができれば。

 そうして欲しかった。

 あの時だけでも。


 心の中で、小さな富義がぽそりとつぶやいた。


 吐き出した息は生温く、もう手は冷たくはなかった。


「いこう、あと少しだ」

「はい」

 



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