2海、膿
「……どうして、海に行こうなんて言ったの?」
「お前がっ……そんな事言い出さなければこんな事にはなっていない……!」
「おばさん、おじさ……、ごめんなさい、ごめん……なさい」
———僕だけが生き残ってごめんなさい。
父と母の匂いのする部屋の中に、線香の香りが鼻をついた。
ああまたこの夢か、と富義は納得した。
家族3人が住むのに少し狭いく感じるくらいの、こじんまりとした家の、小さな部屋の真ん中。
ポツンと佇む小さな仏壇。
そこに遺体はなく、小さな写真が二つ。
写真を虚な瞳でただぼんやり見つめ、はらはらと涙をこぼし続ける小さな富義と、それを囲み責め立てる親族達。
そんな姿を遠くからただ眺めるだけの大人の富義。
この夢は繰り返し繰り返し夜になるとやってくる悪夢だった。繰り返される叱咤。責め立てる声。それらは子供に向かって投げかけられているが、どれもこれもが、大人になった富義に向かって投げつけられているようで仕方がなかった。
言葉は鋭いナイフとなり、何度も何度も立ちすくむ富義に突き刺さる。もうボロボロだというのに、それでも許されない。許さない。いつまでも夢の中で責めて責めて、責め立てられる。
この頃から、富義は自分の意見を言うのが苦手になった。
———怖い。自分の言葉のせいで、誰かが傷付いたら、何か取り返しのつかないことになったら?だってそのせいで、僕の父と母はもう帰ってこない。
どろりとしたなにかが、富義の首にかかる。
びくりと肩を震わし、そろりと振り返ればぼたぼたと泥と汁を溢す骨と腐った肉塊となった父と母の姿。写真に笑顔で写っている顔とは似ても似つかない。
抜け落ちた髪と、どす黒い皮膚の隙間からびしゃびしゃと水がこぼれた。
「あなたのせいで」
「僕たちは死んだ。さむい」
「水の中から出して」
「苦しい、さよならもいえない」
「あなたのせいで」
「お前のせいで」
モゾモゾと蠢くような声が、段々と波打つように響き、富義に襲いかかる。黒い二つの塊は、富義を容赦なく責め立てて、は泥を吐き散らしていく。生臭い香りがむわりと漂った。
「ふ……ううぅ、わかってる、わかってる……僕が悪いんだ、僕が、う、うう」
腐敗臭と、グロテスクな光景に迫り上がってくる嘔吐感を口元を覆い必死に塞き止める。
「許して、どうか許して」
ぼたぼたと流れる涙で頬をぐしゃぐしゃにさせて富義は懇願した。たった一言を求めて、懇願した。
それでも、父と母は何も言ってはくれない。
———許されるなんて思ったことはない。許してくれる人も、僕が奪ってしまったんだから。許してほしい。許されない。
そしてまた夢は冒頭へ戻るのだ。