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12 夜中の小波


 真っ暗闇の中、パチンパチンと弾けるような音が鳴る。それは暖炉の中で弾ける火の音だろうか。鼻に届く匂いはほんの少しの湿気と、木が燃える匂い。焦げ臭いのとは違う燻る香りだ。

 うっすらと意識が浮遊する中で富義はふとそう思った。

 

 ボソボソと、人の声が聞こえてくる。


「———、……人間の———、よくやっている」

「君の———だ。ほっほ、どうだろうか……いや、きっとよくやってくれるさ」


 ———誰の話だろうか。

 誰と話しているのだろう。

 まだまだ瞼は重たくて、開きそうにない。

 

 ゆらゆらと波の様な意識の中、富義は何度か瞳をこじ開けようとしてみるものの、疲れのせいかびくともしない。


 声を出して「なんの話ですか」と「もう一人はどちら様ですか」と聞いてみたいけれど、口はぴくりとも動きやしない。

 

 お爺さんの優しい声が、まだ話し続けている。


 富義は、ああそうか、自分はきっと昨日話している途中で眠ってしまったんだなと思った。


 妙に動きづらいのは、ソファで寝てしまったから。

 早く自分の布団に入らなければ。

 きっとこんなところで自分が眠っていては邪魔に違いない。

 それに誰かと話しているならば、話を聞いてしまっては申し訳ない。


 不思議と、聞いてしまっては申し訳ないと富義が思えば、耳は塞がりはしないものの、焦点がまるでずれたように空気が隙間を通る音や暖炉の音にかき消されるかのごとくその存在を消していく。


 穏やかな笑い声と、ヒソヒソと話す声。

 内容こそ分からないが、心地の良い音と気分のいい暖かな眠気の波がゆらゆらと思考を攫っていく。


 そして、段々と声が遠く、小さく、穏やかな風のように遠くで鳴って消えていった。


 また、沼のような眠りの中に(いざな)われていく。






 瞼の外側で、きらりきらりと差し込む光に眉を顰めた。ぴゅう、と入り込む風はひんやり冷たいが、それと一緒にやってきた鳥の鳴き声に朝がやってきた事を富義に伝えていた。

 それと同時に、ボソリボソリと話す声と香ばしい小麦の匂いが漂っていた。



(パンの匂い、それと人の声……)


 


 人の声が聞こえているとはっきりわかった頃にはすっかり目も覚めて、ようやく重たい瞼が開いた。

 ぼんやりと、光を遮る人型が、かちゃんかちゃんと音を立てて近寄ってくる。

 寝ぼけた視界では、霞がかってぼんやりとだけ輪郭が映り込んだ。


「おやおやおやおや」


「……へっ……」


 だんだんとクリアになっていく視界。

 聞こえた声はお爺さんのものでもないく、よく通る高い声。

 布擦れの音が存外近くで聞こえて、何度か瞬きを繰り返してようやくその姿が見えた。


 寝ぼけた頭で、お爺さんじゃない高い声、女の子の声だと思い当たる。

 その持ち主に検討をつけようとグルグルと働かない頭で考えて、ようやく「知らない人」という答えが出た時、ぐんと何かが顔に近づいた。


「わ、わ、うわっ」


 ようやくクリアになった視界に飛び込んできたものは、女の子ではなく、ましてや、お爺さんでもなかった。


 頭蓋骨。

 それは学校の授業などで目にするごくごく一般的な人体の骨ではなく、いくつかツノの生えた獣の頭蓋骨のようなものだ。


 かちゃかちゃと、ツノに付いたいくつもの飾りが骨にぶつかり音を立てる。おどろおどろしい白骨が富義を覗き込んでいたのだ。


 その突然の視界の襲撃に驚いて飛び上がった富義は、飛び退くように自信が眠りこけていたソファを飛び越え、ソファの背もたれの奥へと体を潜ませた。


「まるで人間のような反応をする。次の守人はお寝坊なのかい?やれやれ、どうかしているわ」


「ほ、ほほ……骨が」


「なんだ文句でもあるのか? この頭に肉がついていないだけマシというものよ。そもそも余はそうであるが故の余だ。貴様はモノを知らんのか?」


 カクカクとけたたましく動く骨。

 纏う布は黒く、引きずるほど長い。ずるずるとにじり寄る姿は、まるで陽の光でどこまでも伸びていく影のようだった。


 ずい、と近くに寄った骨の隙間から真っ赤な瞳がちらりと覗き見えた。


「余の名はチェルノボグ」


 黒い手が伸びて、ひょいとなんでもないようにソファがずるりと横にズレ動いた。

 二人掛けの重量感のあるはずのソファが動いたのだ。

 それも片手で。


 富義は思わず悲鳴をあげそうになったが、寸のところで両手で口を押さえる事に成功したために大きな声を出さずに済んだ。


「貴様は名は何という?」


 ねっとりとした声が耳にまとわりつく。

 表情のない頭蓋骨がニヤリと笑んだように富義には見えた。



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