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11リャナンシーの恋人3



 重く、大きな扉を閉めると、空気の匂いがガラリと変わる。外はすっかり色を落とし始めて、随分と長い時間が経ったことを意味していた。

 ほんの数分の出来事だったように感じていた。

 そう感じていたのは富義だけではなかったようで、キッドも同じように感じていたのか、マンホールのような大きな扉を潜って外へ出た時、驚いたような表情を浮かべていた。



「ありがとう、富義さん、妖精のお爺さん……彼女が人間ではないと気がついた時から、ちゃんとした別れは難しいと思っていた。きっと指輪を渡すだけで終わるだろうと……」


「いいえ、そんな」


「これ以上ない別れができた……あなた方のおかげです……」


 深々とキッドさんはお辞儀をして、何度も振り返り、何度も何度も頭を下げた。

 それは姿が見えなくなる時まで続いて、それほどまでに彼の心に深く、深く染み渡ったのだろう。


 そして、きっと。

 きっと、今日も彼女の絵を描くのだろう。

 彼女の居たその場所を見ながら。

 

 富義が見送りを終えて家に入ると、お爺さんが用意してくれていた香りのいいお茶がテーブルに並べられていた。

 ふわりと香る匂いは、なんだか落ち着く香りでさっきまでざわざわと(せわ)しなかった心が不思議と落ち着いていく。


「ありがとう富義……わしだけでは彼の言っている言葉がわからず、やりたい事も、すべき事もわからなかった。このように輪廻の輪に戻ることなく、人の慰みに飾られるだけになっていたやもしれん……君が居てくれれば……君のような優しい人間が居てくれれば……人間と精霊は敵対することなく上手くやっていけるのかもしれないね」


 お爺さんのその表情は、なんだか少し寂しそうでもあり、どこか安心したような表情でもあった。

 なぜそんなどっちとも取れるような、どちらでも無いような表情を浮かべたのかは富義には分からなかった。


「敵対、しているんですか……?」

「そうだとも」

「でも、お爺さんは人間を……キッドさんを受け入れてた……」

「そうだね」

「ケイノスさんだって……」

「そうだ。あやつは優しい。……優しすぎるくらいだ」


 それ以上でも、それ以下でもないのだろうか。


 対立している。それだけで十分だと、誰もが知っている事だとでも言わんばかりの言葉が、(しゃが)れた声に詰められていた。


 その声の中に敷き詰められた諦めにも似た感情。

 それが積み重なってだんだん層になって。

 今までにも同じ諦めを繰り返した事だろう。

 その層が壁を作っている。

 大きな大きな壁。


「……どうにもならない。種族の違いはいつでも相容れないものだよ、富義」

「種族……」

「そうだよ。扱う言葉も、見た目も。ご覧なさい……わしと富義も違う。同じでは無い」


 同じでは無い。


「同じでなければ、始まらないのだよ……富義」

 

 それは無情な言葉に感じた。

 非情では決して無いものの、疲れたようなお爺さんの声に反対の声を上げれるほど、富義は強い言葉を持ってはいない。


「……富義が、彼らの言葉を繋いでくれたから、始まっていくかもしれないね…」


「?……それはどういう……」


「ほっほ、リングを魂の火葬場(アポテフ)で燃やせば、魂が戻ってくる。輪廻の輪をくぐれる。言葉や思いが通じたリャナンシーもきっと、彼の元へ帰ってくるだろうね」


「……そうですか」


 心にポッと火が灯っていく。

 こんな自分にも何か役に立つことがあるのかと思うと、富義は心がジクジクと痛んだ。その痛みは、むず痒くしかし痛みで悶えることはない。

 誰かに足跡を残す重みに痛みを感じるが、それよりも嬉しさが(まさ)っていく。こんなことは初めてな気がした。


 もう少しお祖父さんと話していたいのに、なんだか随分と目元が重くて仕方がない。

 顔の皮を引っ張ってみたり目元を擦ってみても、視界がぼやけるだけで対してスッキリとはしない。

 今、何時なんだろうか。


 強烈な眠気。

 気が抜けるとはこの事なのだろうか。

 仕事を始めた頃のような泥に沈む感覚に富義は眉を顰めた。お腹は、空いている。

 体の中の疲労が空腹を訴えている。

 それなのに、落ちてくる瞼に抗えない。


「おやすみ、富義」



 落ちていく記憶の中、お爺さんの優しげな声が聞こえた。

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