あなたは不採用です
「は? 着払い?」
郵便配達人に言われ、生徒の将来が関わるから仕方なく受け取ったが、封筒を抱え憤慨の思いを抱え、自分の席に戻る。
一流企業だか大企業だか知らないが、学生たちの就職活動やうちの大学を、なんだと思っている。まったく何様だ。厚みのある封筒を机に投げるように置く。
就職希望の生徒たちから履歴書を預かり、その会社へまとめて履歴書を送ったが、まさかその結果を着払いで送ってくるとは。きちんと返信封筒を同封していたのに、それを使わず、なんて嫌がらせだ。
「うちの学校だって、予算とかあるっていうのに」
文句を言いつつ開封する。この中に書類選考が通過できなかった生徒が一人でもいたら、それを告げるのは自分になってしまう。そんな嫌な役目は避けたい。願わくは、全員通過していますように。
封筒の中に入っていた書類を読み、その担当者は叫んだ。
◇◇◇◇◇
「今年もありましたね」
「困ったことで。応募規約を、しっかり読んでもらいたいものですね」
その会社の就職活動に向けた応募規約は、他社に比べ文章が長かった。だが大切なことを全て記しており、一つでも規約に反した者は、書類選考の段階で不採用にするとも明記している。
これにより書類審査は、ある意味、楽になった。応募規約に反しているものは、最初から不採用にできるのだから。
まず履歴書を郵送の場合、消印有効となっている。これを破ったら不採用になるので、投函日が消印日と重なっているとはいえ、郵便局が郵便物を回収する時間を確認し、絶対に消印が押されるタイミングで投函するようにとも明記している。
メールでも受け付けているが、こちらは送信日が設けられている。送信日、時間を確認し、期間から外れている場合は不採用に分類される。
「着払いで履歴書を返したことに、不満のメール、今年も届きますかね」
「去年はありましたね。受取時にサインが必要な形で郵送してくる場合は、事前に当社へ連絡をすること。事前に連絡がない場合、不採用になる。また、学校単位で履歴書を送ってくる場合も同様であり、学校から事前に連絡がないと、全員不採用になるので注意すること。そう記しているのに」
そう、とある大学の担当者は連絡をせず、レターパックプラスを使用し送っていた。担当者としては、大切な履歴書が届いたという記録が欲しいだけで使ったサービスだったが、応募規約を読み込んでいなかったのだ。
それを指摘された文章を読み、全員不採用という結果に、担当者は叫んだのだ。
もともとこれは、サインが必要な場合、人を社内に残す必要があるからだ。土日に届くようであれば、受け取る際、サインをする人間がいれば、スムーズに運ぶ。また、サインを書く時間が無駄である。だから事前に連絡をするように、そう記すと面倒を避けるためか、そういった形で履歴書を郵送する者は減った。
さて、件の学校だが……。
「え? 皆、知らなかったの? きちんと書いてあったじゃない」
一部の生徒はそれを知っており、自分で安全に投函していた。もちろんそういった人物の多くは、書類選考は通過した。
担当者のせいで不採用となった生徒たちは怒ったが、そんなことは企業に関係ない。
「担当者に丸投げは、よろしくない。我々の会社は、この段階から会社員として通用するか、審査を始めているのですから。ただ人任せにせず、自身も確認を行う。複数人で確認することにより、ミスを防ぐ。確認を怠り損害を被って、相手企業に文句を言うようでは、我が社に似合わない」
「今年もSNSで、この件について不満を述べている学生がいますね」
「去年もいたな。名前が分かれば、グループ会社でも採用を控えるように通達を出しておけ。SNSへ簡単に書きこむ人間は、情報漏洩の不安材料だ」
「承知しました」
もちろん巻きこまれた生徒に同情はするが、担当者に、その話を伝えておけば良かったのだ。それを怠った段階で、報連相が危うい人間と、その会社では判断している。
大事なのは在籍している学校名ではない。採用した後で、どのような働きを見せてくれるのか、だ。それをこういった採用段階から、判断材料としていた。
中には指導を行い化ける新人もいるが、最近は小さなミス一つが、会社の大きな損失となる。下手をすれば、会社の命を失いかねない。言い換えれば、ミス一つさえ許されない時代だ。だからミスを防ぐため、入社前から素質を見抜こうとしている。
「あと、今年もありましたね、料金不足。全員、募集要項にある通り、着払いで不採用通知を送り終えましたが」
「まったく、わざわざ定型封筒と定型外封筒の違いも募集要項に記しているのに、どうして定型外で、定型封筒の郵便料金にするのか理解に苦しむよ」
「重量が違う料金不足も、意外と多いですね。あと、料金が変わったことを知らない人物も」
「それらも募集要項に記していますけれどね」
一度料金不足は、受取人として支払い受け取るが、採用してほしい会社に対し、金を払わせるとは何事かという話だ。その場で受取拒否をしても構わないが、この会社では採用募集期間終了後に、着払いで不採用通知を同封し、開封していない状態で送り返している。
「でもこういう募集要項を読まない人物は、そもそも不採用で履歴書を見ないと決めてから、楽になりましたよね」
「確かに。下手に忖度するよう働きがあったら、それが漏れた際、ダメージを受けるのは当社だけではなく、相手の学校も同じ。さらにそのダメージにより、一流企業に就職できたと喜んでいた卒業生たちに迷惑がかかると言え、伝えれば引き下がる学校が多い。面倒なOBを黙らせることもできるし、楽になったものだ」
「では続いての作業に移ろう」
封筒を開け、履歴書を開いていく。ある一点だけを見つめ、皆で手分けして仕分けを行う。一つは問題なし、もう一つは難有、最後の一つは違反で不採用と、三つの山ができている。
募集要項の一つに、履歴書は手書きでも印字されたもの、どちらでも構わないと記している。ただし志望理由の最後に、絶対に直筆で自分の名前をフルネームで書くようにと掲載している。
つまり不採用に入れられた履歴書は、志望理由の最後に直筆で名前を記していないもの、もしくは印字された履歴書となっている。メールで送ってきた者には、フルネームを記した直筆のファイルを添付するよう、記載している。
「毎年、ネットで我が社独特の採用基準が話題になるというのに、名前を書いていない者が多いな」
「相手企業からの注文を聞き漏らす、読み漏らし、売上にひびいては厄介ですからね。そういう奴は、最初から除外でき楽ですね」
難有と判断された山には、パッと見た瞬間、読めない文字が書かれていた履歴書が集まっている。
直筆の名前を志望理由と共に書かせるのは、己のアピールの一つだと説明している。例えば、新製品を作り売り出す際、人に上手く伝えられる人材であるかを判断する。という、どうとも受け取れる内容だが。
そう、これは相手に伝えることへの個人の思いを図っている。
書き慣れた自分の名前だからか、意外と他人からは読められない字を書く場合がある。日ごろから共に共存している自分の字と名前だからこそ、本人は読むことが可能だが、他人には通じない文字がある。
人に伝えられるかどうかというのは、相手を考えられる力を持っているか、否か。それを見極める材料として、名前を書かせている。
中には下手だが、読める字で名前を書いている者もいる。しかし中には……。
「お疲れ様でーす、ここに来るようにって言われましたー」
「おお、お疲れ様。忙しいのに悪いね」
「んー、大丈夫。うちの会社では有名な話だし、参加できて嬉しい。興味もあるし」
ぶかぶかのパーカーを着て、片腕を上げる女性は、独特なファッションセンスを持っていると社内で有名だ。しかも言葉遣いが社会人として、良いとはお世辞にも言い難い。しかし宣伝部で自社の広告を作っており、独自の感性から人々の目を引きつけ、会社に貢献している人材の一人である。
「へー、へー。確かにこれは読めないねえ。暗号みたい。ってか、文字なの、これ」
用意された紙を手でつまみあげるように持ち、女性、石井は用紙にコピーされた名前の一覧表を見る。彼女以外にも数名呼ばれており、皆が、難問だと言う。
「一応ヒントとして、履歴書のフリガナ欄もセットとしてついているぞ」
「それなのに読めないぞ、と。最近は当て字の名前も多いから、どうやってそういう読み方になるのか、分かんないのもあるからなあ」
そう言って石井は早速ペンを持つと、パズルを解く気分で用紙に、こうだと思う名前を書いていく。
これらの紙にはパッと見て、読めないと判断された名前がコピーされている。こうやって履歴書そのものを見ていない人間が読み、字を当てられるかどうかの確認作業を行っている。これで全員不正解だった場合、その者が書いた字は誰も読めず、誰かに伝えようという気が少ないと判断され、不採用となる。
「だけどこれ、意味がありますか? 最近、手書きなんて機会、ほとんどありませんし」
全く分からない字は、『?』で埋める決まりとなっている。
鼻歌を歌い取り組んでいる石井の横で、あまりの難問に嫌気がさした若者、鈴木が声をあげる。
「嫌になるだろう? だがな、昔はこれが当たり前だったんだ。字は性格を表すとまで言われていた時代もあったんだぞ? それにお前が我が社に履歴書を送ってきた時も、そういう応募要項が記されていただろう? 大切なのは、他人に伝わるかどうかだ。伝わらない、読めない時は、素直に『?』を書けばいい」
そう言われると鈴木は、周囲の誰より多く『?』を使用した。パッと見て分からない字は、それで構わない。伝える気がない相手に遠慮は不要だと判断したのだ。
「ええ? これ、名前のカタカナは『アヤカ』なのに、どう頑張っても三文字としか分からないよ」
「三文字分、『?』を書けばいいだろう」
「スズッキー、解こうって気はないの? それにしても、履歴書に手書きで名前を書くことで、書類選考に通るか決まるなんて、知らない子が多いんだねえ。ちゃんと応募要項に記されているのに。それとも自分の字の汚さ、分かってないのかな。ってか、これで他人が読めると信じているのが、ウケる」
別に黙って作業しろとは言っていない。その辺りは責任者も好きにさせ、作業をさせていた。
横から石井に覗きこまれた同期の鈴木は、露骨に顔をしかめる。前々から勝手に自分のことを『スズッキー』と呼ぶ石井が、苦手でもあった。
「んふふ、これじゃあ、学校の先生も大変だよねえ。学校によっては、まだ手書きでテスト受けさせているよね。こんな字で採点するんだから、先生って大変だ」
「読めない字は、全部読めないからって理由で、不正解にすればいいんだよ」
誰よりも早く回答を終えた鈴木は、机の上にペンを転がす。他の者は唸りながらまだペンを動かしているので、誰に言った訳ではなく呟いたのだが、反応したのは石井だった。
「それは同感だけどさあ。なんか、これ、パズルみたいじゃん? もし当たったら、嬉しくない?」
「そんなことに時間を割くより、時間は有効に使いたい」
「経理は言うことが違うねえ。スズッキー、もっと人生を楽しみなよ」
「鈴木さん、『?』ばかりだと全員不正解になって、悲しむ学生が出てくる可能性が上がるんですよ? 悲しむ子を減らしてあげたいじゃないですか」
石井に加勢するように声をあげる女性に向け、鈴木は断言するよう言い放つ。
「悲しむのは自己責任」
変わった採用基準のせいで、個性の強い者の採用が増えてきた。こういう場では特に、以前までのような会社の雰囲気ではない。
「大事なのは、肩書きや在籍している学校名ではない」
そう言った社長の提案から始まった取組みだが、会社の未来を考えると面白くもあり、意外と可能性を秘めているかもしれないと、この場の責任者は思う。
「さて、全員書き終わったか? 正解を発表していくから、各自全ての文字が合っていたら正解、一文字でも外れていたら不正解とするように」
「それじゃあスズッキーの『?』の人たち、全員不正解じゃん」
石井が言うなり、そうかと気がついた鈴木たちは、正解欄に『×』をつけていく。それは石井自身もだった。
「だが他の皆が読めていたら、再考される」
「ふーん、そうなるといいけどさあ。あたしも『?』の人、何人かいるんだよね。どう頑張っても、読めないのがあった」
「石井、そろそろ黙れ。全員モニターを見るように。一人目から順に、正解の名前が映し出されるぞ」
一旦『×』を書くことを止め、全員がモニターを見つめる。その目は石井も含め、真剣なものばかり。モニターに流れる文字の切り替えの早さを、事前に聞いているか、察しているのだろう。
そう、普段はいい加減そうに見える石井でも、仕事になると人が変わる。鈴木は経理に所属し、その真面目な性格から、不正を見逃さないという圧を与えている。
(ここにいるほとんどの奴ら、採用方法を変えなかったら、採用されなかったよな)
そんなことを責任者は思いながら、自分もモニターを眺める。
全ての名前が映し出されると、『終わったー!』と石井が両腕を上げた。
「当たってるの、何人かいたよ! 皆はどうだった? あ、スズッキーは除いてね」
「なんで俺を外す」
「だって『?』が多いじゃん。ほとんど不正解だから、興味なーい」
「私、正解がほとんどありませんでした。カタカナからそれらしい漢字を探ってみたのですが、その漢字、そういう読み方をしているのか怪しいものがほとんどで。音読、訓読、どれも当てはまらない気が……」
「だから、そういうのが当て字の名前なんじゃん。いわゆる、キラキラネームとかってやつ?」
「ふむ……」
用紙を回収し、めくる。あの鈴木を含め、全員正解している者が何人かいた。この作業では、勤務年数が低い者を選んでいる。それには、理由がある。同じ世代ほど、そういう読み方の名前があると、そういう知識がある可能性が高いからだ。
年配の者ほど、この読みで使用する漢字はこうだという幅が狭い。時代の差があり、まさかこの漢字は違うだろうと、己の考えを疑うことがある。だが若者は違う。希望者と年齢が近いから、別に普通だと読める場合がある。
時代が変われば、流行りも変わる。変わらぬ美しさもあるが、柔和な変化が必要な場合もある。それをこの企業は歩んでいる。
「お前は頭が固いよな。もう少し、相手を知る努力をしろよ」
後日、鈴木は先輩にそう言われた。作業の時の話を、どこからか入手したそうだ。
同日、石井に向け、呆れるように上司は言った。
「お前、いつも遊び心満タンだな……」
「人生なんて、楽しまなきゃ損じゃないっすか」
石井は気にすることなく、けらけらと笑った。
その裏で、不採用通知を受け取り、泣いている者がいる。だが皆、そんなことは関係ないと、己の仕事に取り組んでいた。




