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兄と弟

「報告は以上です」


 ユウキの報告を黙ってきいていた青年はホログラフボードを閉じた。将官クラスのコードを首の左側にプリントされている。

 最初はデスクについていたが、そのうち立ち上がって、軍務省の三十一階から湖を見下ろし、ウィンドウをときどき指でコツコツ叩いた。


「ご苦労だった。引き続き観察を」


「はい」


「それと、今朝、ティムが見つかった。残念ながら……」


 それをきき、ユウキは一瞬、小さく息を呑んだ。

 だが、すぐ唇を固く結んで、少し顎を引き、


「そうですか」


「これでCJ8の製造ロットで残ったのはわたしときみだけだ」


 ユウキのと同じ、銀の髪が風もなくさらりと流れる。


「〈ディネガ〉との戦いです。発生しうることでした」


「ユウキ」


 青年が言った。


「CJ8ロットは全部で532体だ。そのうち530体の兄弟が戦闘で失われた」


 兄弟。

 そういう呼び方もできた。そして、ユウキはそういう呼び方を避けてきた。


「司令。我々は戦うために生み出された存在です。それ以上でもそれ以下でもありません」


「手厳しいな」


「あなたは我々のロットで唯一の将官です。おれが死んでも、あなたが残れば、それで失われた531体は引き継がれます」


「死ぬ、か」


 青年はユウキを見つめた。井戸の底から空を見上げているようにも見えるが、井戸の底に光る何かを覗き込んでいるようにも見える。


「以前のきみなら『再起不能』と表現するところだ」


「お気に召さないのであれば、訂正します」


 いや、違うんだ、と首をふる。


「イレギュラー因子355-Mg-2977」


「提督が何か?」


「きみによい影響を与えている」


 最も動揺する言葉だ。


「いえ。おれは――」


「元老院は提督がテラリアのさらなる発展に貢献すると考えている。それについて、きみはどう思う?」


「おれが意見を差し挟むことではありません」


「提督はどんな人物だ?」


「ログで提出した通りです。それ以外についてはおれが個人的な意見を述べてよいことではありません」


「では、最後の兄弟として。話してみてくれないか?」


 しばらく口を閉じたが、ため息とともに話し始めると、これが止まらなかった。


「まったくの予測不能です。予測不能が服を着て歩いているようです。彼の行動は現状への不満や抗議を始点に、強制的な変化へと続きます。提督はそれをエナメル材質追放運動と呼んでいます。しようと思えば、テラリア全土を色艶に赤みを帯びた木造に変えてしまうこともできるかもしれず、そういう意味では危険な存在です。戦闘においては、凄まじい破壊力を発揮しますが、先日の出撃だけでも二度死にかけ――再起不能に陥りかけました。その戦術ドクトリンは見敵必戦と呼ばれるものです。敵を補足したら、たとえ自分が不利でも戦闘を開始するでしょう。会敵について貪欲ですが、これは彼の世界での戦闘経験に根差していると思われます」


 青年は軽く微笑した。


「きみの口頭での報告の最長記録だ。提督というのはよほど面白い存在らしい」


「遠くから見ている分なら……申し訳ありません。口が過ぎました」


 青年は首を横に振った。


「いいんだ。むしろ、それが好ましい。いいかい、ユウキ。これまでのきみはエゴというものが薄かった。戦闘任務ではそれが必要とされていなかったからだ。だが、生み出され方はどうあれ、わたしもきみも人間だ。親がおらず、531人の兄弟姉妹がいる。笑えるはずだし、悲しみを覚えることもある。提督はきみのエゴを引き出そうとしている。提督自身のエゴをもってしてだ。提督がこの世界を自分の色で染めようとすればするほど、きみはそのエゴに反発し、自分のエゴというものが確立される。そのエゴがきみを救ってくれるよう、わたしは強く望む」


 シンをこのときほど『兄さん』と呼びたいときはなかった。


 そして、このときほど提督がいてくれればと思ったことはなかった。

 彼がいれば、あの気の抜けた物言いで、言ってしまえばいいではないか、と背中を押されるだろうから。しかし――、


「それでは失礼します。司令」


 ユウキは敬礼し、兄を残してオフィスを去った。

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