表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/66

目を塞げば見えない

 海軍の魔法は相変わらず謎である。


 ユウキとヴィクトリアが提出したログを確認しても研究所は解明がまだ遠いことを認めざるを得ない。


 ある日、ユウキは提督が目覚めるよりも先にどこかに出かけてしまった。ヴィクトリアを連れてだ。

 提督はあれから宣言通り、書斎や図書室、ボトルシップを置く部屋を増やしていった。

 面積は増えているのに増えていなかった。ただ、部屋から外の通路に出るとき、次元の歪みを感じる。おそらく宙から戦艦を出す能力が関係しているようだった。


 ひとり朝食を取りながら、彼は執事バトラーを見つけ出す必要性について深刻に考え始めた。

 もちろん、彼が望めば、熱い朝食と紅茶はあらわれる。テーブルクロスはいつだってパリッと糊がきいていて、観葉植物は窓の日を浴びている。だが、これは実用の問題ではない。形式の問題なのだ。

 だが、この世界で良家の推薦状付きの執事は果たして見つかるのだろうか?


「求めよ、さらば与えられん」


 グレイのウールのスリーピース、チョッキのボタンホールから垂らす懐中時計のチェーン(アルバート)を選ぶのに三時間かかったが、結局アガメムノンの横顔のメダルと金の鎖を選んだ。


 すると、今度は帽子である。私服(ディットーズ)で出かけるから制帽やトップハットは問題外。山高帽(ボーラー)カンカン帽(ボーター)か。

 気温と日光で決めようと思い、わざわざ外に出て、これならばボーターで出かけても、物笑いの種にはなるまいと思い、ダックスフントの握りのステッキを手に執事を求めて出かけたのだった。


 執事を〈紳士お傍付き紳士〉と呼ぶものがいる。つまり、それだけのモラルと礼儀、そして適度に抑制された優雅さが執事には求められる。推薦状もまず保証するのはその何某が『紳士らしからぬの一点を探すよりは海の水を飲み干すほうが容易であるほどの紳士』であることなのだ。

 ちなみに『海の水を飲み干すほうが容易である』とは不可能ではないが達成には多大な努力を有するという意味の比喩だ。『大英帝国海軍を打ち負かすほうが容易である』という比喩が用いられることもあるが、これが意味するところは絶対に不可能。


 提督は適当に移動基部ヘクス・リフトに乗り、この大きながらんどうの都市を相手に出たとこ勝負の執事探しに勤しむ。

 だが、薄々分かってきたのは、この都市の人間は機械が便利に発達し過ぎて、使用人というものを一切必要としない状態にあるということだった。


 だが、この都市は厳格な階級を住民につけている。

 つまり、上流社会ハイ・ソサエティがあるはずであり、その階級の構成員たちは間違いなく使用人を抱えているはずである。


 それが機械人形オートマタである可能性が高いが、この際、執事に求める条件から『人間である』を省いてもいい。

 妥協すべきでないのはおいしい紅茶を淹れ、銀食器の棚の鍵の管理ができて、アイロンで新聞のインクを乾かし、自身もまた紳士のお供をするのにふさわしい紳士であること。それに海軍少佐の従兄弟などがいてくれるとさらにいい。


 適当にリフトを乗り継いでいると、緑地地帯の空に浮かぶ移動基部ヘクス・リフトステーションにたどり着いた。

 行先と利用可能な階級の異なる五十基のリフトが円盤型のプラットフォームを縁取っていて、生まれながらの階級に疑義を挟まない人々を載せて浮かび上がったり、沈んだりしている。


 ホーム中央には高く伸びた三角錐のモニュメントがあり、不規則に壁面を光らせている。よく見ると、高さ五十メートルの三角錐の頂点に小さな人影が見えたので、ここはこの世界のトラファルガー広場(ロー)なのかもしれない。東洋にアドミラル・|東郷(トーゴ―)がいるようにこの世界にも文句なしの活躍をした海軍軍人がいるのかもしれない。


 幸先がよいと思って、誰も乗っていない移動基部ヘクス・リフトに乗ると、リフトは提督をひとり乗せて、沈んでいく。リフトは通常青く光っているが、提督のリフトは突然赤く光り出し、緑地のあいだに開いた楕円の吹き抜けへと降りていった。

 明らかにイレギュラーな動きをしながら、それまで見せなかったこの都市の地下構造が見えた。


 濾過される大量の水。苗をつくる工場。ピンク色をしたサイコロ型人造タンパク質。

 ロットナンバーごとに並んだ円柱型の水槽に眠る少年少女たち。


 子どもたちは一糸まとわぬ姿だったので、提督は慌てて手で両目を隠した。


「なんたる風紀の乱れ!」


 しばらくそうしていたが、もういいだろうと思い、手を除けて、まぶたを開くと、前後左右上下も含めて、一糸まとわぬ子どもたちの円柱水槽が並んでいたので、提督はまた目をつむり、この都市の、風紀を一手に管理する人間にこのことはきつく言わなければいけない、見えない場所だからと弛緩すれば社会全体の頽廃が始まるのだとひとり義憤を抱いた。


 そのうち移動基部ヘクス・リフトはどこかの六角形にガチャンとはまりこみ、動きを停止した。


 あまり考えたくないが、もし、まだ一糸まとわぬ子どもたちの水槽がまわりを囲んでいる場合、提督は非常に厄介な立場に立たされる。


 見敵必戦は大英帝国海軍のモットーだが、こうしたものは見せられると困ってしまう。

 紳士として抗議したいはしたなさだ。


 しかし、このままもたもたしていても状況は進まない。

 敵が港を閉塞するなら、魚雷艇を率いて突破するだけである。


 提督はまぶたを開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ