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見敵必戦

「ユウキさん。情け容赦ないですね」


「だが、その見敵必戦の心構え、嫌いではない」


 レーザーブレードで十六の断片となった大型〈ディネガ〉は悪臭オイルをまき散らして、ヨロイ草が茂ったショッピングモールのホールに飛び散っている。

 提督は銀のシガレットケースに煙草をトントンと打って、マッチをすった。

 たっぷり五分かけてんでから、最後の紫煙を宙に吹き上げてからたずねた。


「カレイジャス」


「ユウキだ」


「この〈ディネガ〉というのは何なのだね?」


「〈ディネガ〉は〈ディネガ〉だ」


「そういう論法を何と言うか知っているかね。知性の敗北というのだよ」


「〈ディネガ〉を破壊するのに理由はいらない」


「海軍軍人が紳士であることに理由はいらないのと同じということか」


「違う」


「戦闘支援AIが美少女であることに理由がいらないのと同じということですね」


「左様ですな、リトル・レディ」


「……違う」


 ホールからアーケードへ進む。


 蔓草に占拠されたブティックや天井が落ちたレストラン、用途不明の端末が並んだ通路。


 ヴィクトリアは常にレーダーで敵位置を確認して、ホログラムのデコイをつくって、敵のミスを誘い、そこをハンドガンとブレードでユウキが仕留める。

 なぜ、これまでAIを使わなかったのか不思議なくらいの鮮やかな戦いぶりだった。


「やめろ」


「何をですか?」


「その顔だ」


「顔? 美少女であることをやめるのは難しいですね」


「あなたの微笑みが失われるのは世界的な損失ですよ、リトル・レディ」


「おれが言っているのは、その薄ら笑いだ」


「薄ら笑い? わたし別に『な。AI使ってみたら便利だったろ?』なんて思っていませんよ」


「わたしも別に『若者はいつだって年長の助言がうまくいくと、胸のなかに恥ずかしさに起因する息苦しさを覚えるものだが、わたしは年長者として快く流してあげよう』などとは思っていない。ところで、きみの上役たちはわたしが敵を撃滅する仕組みを知りたいらしいが、いいのかね?」


 すると、ヴィクトリアが、


「提督。もう十分、あなたの凄さは分かりました。戦闘支援AIとして、これ以上の尽力を頼むのは心苦しいくらいです」


「はっきり言ってやれ。迷惑だって」


「ユウキさん!」


「まあ、分かるとも」


「分かるんですか?」


「わたしが動いてしまったら、きみの分の手柄もとってしまうからね」


 提督はそう言って、割れたガラス天井から差し込む日光が胸の勲章を最も輝かせる絶妙な位置に移動した。そのために三十歩も歩いた。


「ときに紳士淑女のみなさん。わたしの胸に輝く勇気の証のうち、どれが最高のものか分かるかね?」


「うーん。これですか?」


 ヴィクトリアが照射したのは左からふたつ目の殊功勲章だった。白く湾曲する美しい十字の勲章だが、提督が指し示したのはその左隣、つまり居並ぶ勲章の最も左にある地味な色の勲章だった。形は十字型でリボンは暗めの赤一色、だが、何よりその勲章はくすんだ銅製で輝きがなかった。


「最前線で戦い、卓抜した勇気を示したものに与えられる勲章です。その名も――」


 そこで提督は口をつぐんだ。


 ヴィクトリアのレーダーは百五十メートル先にかなり大きな敵性反応を確認したのだ。


 気取られぬように近づくと、先ほどいたホールの三倍は大きな広場に〈ディネガ〉が何十と群れていた。


 ヴィクトリアは五十六体と知らせた。


 広場を囲う回廊状の通路に身を潜め、提督は双眼鏡で敵を観察した。


〈ディネガ〉たちは何かの集会に呼び出されたように集まっていて、ひどく落ち着きがなかった。


 いびつな歩き方をするガンナー型が人間の姿を抽象化されたモニュメントに弾を打ち込んだり、頭が機械化したグリズリー型が柱に体当たりして、上にあるバルコニーを地階へと落としたり、破壊に勤しんでいる。


 だが、〈ディネガ〉は相争うことはしない。

 その攻撃対象は常に別の種族――つまり、人間だ。


「〈ディネガ〉たちの思考波長から推測するに、あの〈ディネガ〉がリーダー格のようです」


 提督が双眼鏡を当てる。


「ははあ、あのイエズス会士みたいなやつですな」


 黒死病ペスト医師の仮面みたいに長いくちばし、黒曜石の玉のような目、黒いローブのようなものをまとっているが、左腕は機械的に肥大化していて本体並みの大きさ、常にローブの外で垂れていた。それは半分は腐りかけて脹らんだ肉、もう半分はデタラメにつなぎ合わされた機械から構成されていて、腐敗オイルの黒い血管が単調にビクビクと脹らんだりしぼんだりしている。


「どうしますか?」


「迂回だ。あのリーダー格が単体になったときを狙って、破壊する」


「いや。見敵必戦だ。まあ、わたしに任せてくれたまえ」


 あんたに任せるくらいなら自分で行く、と止めかけたが、提督は空中回廊を〈ディネガ〉たちのほうへと歩いていった。

 そして、驚いたことに通路の崩れた行き止まりから〈ディネガ〉たちに話しかけた。


「ごきげんよう、紳士淑女の〈ディネガ〉の皆さん。わたしは大英帝国海軍中将アンドリュー・ホクスティム三世。海軍の魔法にかけられた提督です。この良き日に皆さんと知己になる機会をいただけたことに感謝を申し上げる。では、さようなら」

 

 未武装の人間にこんなに近い距離で話しかけられたことのない〈ディネガ〉たちは提督を見上げて、ポカンとしていた。

 が、十七秒ほど前、北東14,016メートルの地点に突如あらわれたMk.X 12インチ砲四基が八発の砲弾を発射していて、提督が話し終えた、まさにそのとき紳士淑女の〈ディネガ〉の皆さんに命中した。


 非常に正確な弾着に提督は喜んだが、喜びながらも厚さが250ミリもあるバーベッド用装甲板を出現させ、爆風と、火炎の嵐と、木っ端微塵になった〈ディネガ〉とその他もろもろから身を守ることも忘れなかった。


 提督は榴弾ではなく装甲貫通弾(アーマー・ピアサー)を要請したが、それでも八発の命中でショッピング・モールはバラバラに崩れ、ユウキとヴィクトリアは〇・二秒遅れで落ちてくる天井から逃れるために最大出力を出さなければならなかった。

 ギリギリで助かるか、ユニットがオーバーヒートして停止して瓦礫に潰されるかを覚悟したが、気がつけば、ふたりは雲の上を飛ぶ汽艇スチーム・ランチの乗客となっていた。


 舵輪を勢いよく取り舵にまわしながら、提督が誇らしげだ。


「戦友に二度同じ危機を味あわせたりはしない。だが、敵を見つけたら、我が身は三度四度と同じ危機を冒さん。英国海軍のモットーだ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 新作… とてもわくわくする展開ですね…
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