見敵必戦!
青い空に打たれた点が大きくなり、そのまわりに小さな火がポツポツと点滅し始めた。
見れば、攻撃目標を指定された中佐が武器ポッド搭載のドローン兵器を蒸発させているところだ。
「見たまえ。中佐の戦いぶりを。ニラ玉が海鮮ニラ玉に格上げされたときもあのように嬉々としていた」
「おれには見えない」
「だが、わたしには見える。つまり、そう――見敵必戦だ。艦隊戦闘準備! 英国は各員がその義務を尽くすことを期待する!」
提督はそう言いながら、エンジン・ルーム・テレグラフのレバーをまわし、『空中戦体制』で止める。
クイーン・エリザベスの艦首が持ち上がり、艦底が水から離れ、スクリューが空中でくるくるまわり、それにアイアン・デューク、キング・ジョージ五世、オライオンの超弩級戦艦が、コロッサス、ネプチューン、セント・ヴィンセント、ベレロフォン、そしてドレッドノートと弩級戦艦が続く。
タイガー、ライオン、インディファティガブル、インヴィンシブルの巡洋戦艦はもう足の速さで戦艦たちを追い抜く。
足の速い艦が空中要塞を左舷に見るように飛び、足の遅い艦や前弩級戦艦は右舷に見るように飛び、十字砲火をぶち込む。
テラリアが派遣した空中要塞はイースト・ロンドンくらいの平らな艦で、エナメル材質追放運動に抵触するほどのまばゆい白。
「あれはいったい、どこに兵装を積んでいるんだ?」
と、提督が言っているあいだに、要塞の表面でチカッと何かが光って、次の瞬間、後方を飛んでいたネプチューンの前甲板が吹き飛び、炎にあぶられた赤黒い煙がブリッジとマストを燻していた。
「アシュバートンくん。左舷艦砲一斉射撃――ああ、そうか。自分でするのだな」
海軍の魔法が主砲に砲弾をぶち込み、一斉射撃をする。
四十隻の主砲が飛ばした砲弾は空に吸い込まれるように消え、提督は双眼鏡から目を離さずに、
「修正。少し上」
と、信じられないほどアバウトな射撃管制を行ったが、
「命中。このまま斉射を続けるように」
と、いい、二線級艦船たちのほうを見る。
既にマジェスティック級の戦艦二隻が炎を上げている。
「機動部隊出るぞ」
「健闘を祈る」
ユウキたちが次々と飛び立ち、その場にはフレデリクが残る。
提督は夢にまで見た艦隊を率いての見敵必戦だったが、何か不機嫌そうにしていた。
緊張しているのだと思い、フレデリクは黙って、提督の背後に控える。
ブリッジから外を見ると、対空砲が赤い火を引きながら、ドローンを叩き落している。
白い要塞はこちらに向かって移動しているのか、米粒ほどのサイズになっていた。
そして、青く塗られた空挺部隊の襲撃シップが光学迷彩を使って、クイーン・エリザベスへ影のように迫る。
フレデリクは手袋の裾を引いて、しっかり手にはめなおし、
「旦那さま。来客をもてなしてまいります」
「フレデリク」
提督は双眼鏡を射撃位置決定用の計算機のそばに置き、いつも使っているシガレットケースを差し出す。
「ありがとうございます」
それを胸ポケットにしまい、
「必ずお返しにあがります」
――†――†――†――
テラリアの特殊部隊は艦の底に穴を開け、そこから侵入した。
機関室や砲甲板の通路を通ると、大きなホールに出た。
海外の君主を艦に招いた際に使われる会食用のテーブルが白いクロスをかけたまま、ずらりと並んでいる。
先行していた隊員の通信媒体がフェイス・シールドをつけたヘルメットのなかでヴと鳴ったその瞬間、レイピアが胸を貫いて、そのまま〈ブルネイのスルタン〉と予約札が置いてあるテーブルに縫いつけられた。
隊員が見上げた回廊でフレデリクは柱によりかかり、煙草をつけた。
パルス弾が渦を巻いて時空の彼方へ吹き飛ばす前にフレデリクは飛び降りて、体を少しだけずらすムーブで敵の弾を容易くかわし、ふたりの敵へと影のごとく走る。
近距離戦モードのコードが流れ、隊員が咄嗟にライフルを捨てて、ハンドガンを抜くが、それより先にフレデリクの両手が閃いた。
「ガハッ!」
隊員が喉を押さえて倒れる。
フレデリクの両手には細い銃剣が握られていて、それに気づいたころにはもうひとりの足を刈って、背中が絨毯に着くまでに頸、胸、腕がたて続けに切り裂いた。
残りの隊員が冷静に対処し、パルス弾を食らったテーブルが宙を飛んで天井に叩きつけられ、フレデリク目掛けて落ちてくるが、全てはむなしく残像をつぶす。
ひらりと燕尾服のすそが閃いたと目測した瞬間、ふたりの隊員が吹っ飛び、その胸を銃剣が深々と刺さっている。
全ての武器を手放したフレデリクをしつこく狙い撃つ。
全てのテーブルには銀のナイフとフォークがある。
特殊部隊はこれが次の武器になるだろうと思っていたが、彼らは執事というものが分かっていなかった。
執事の仕事のひとつは銀食器の管理であり、常にお客さまに供することのできるよう、磨き、鍵をかけ、そのときが来たら、完璧な構成で並べる。
だから、銀食器を武器にするくらいなら、テーブルの下に隠されたルイス機関銃を使ったほうがマシなのだ。
それは提督がクイーン・エリザベスのあちこちに隠した武器のひとつで、本来は伏せて使うものだが、戦況がそれを許さないので、持ち上げて、普通のライフルのように肩で構えて、発射した。
円形弾倉がガタガタまわり、技術にして二千年以上の差が開く.303ブリティッシュ弾が敵をたて続けに撃ち倒す。
指揮官のプレートをつけた最後の敵は仰向けに倒れ、フレデリクがその胸を踏みつけ、機関銃の銃口がフェイス・シールドに突きつけられる。
カチッ。
弾切れ。
指揮官がレーザーナイフが機関銃をバラバラに切り裂き、フレデリクと向かい合う。左手逆手持ちにしたナイフ、右手にハンドガン。
光線をかわしながら、フレデリクは走る。くわえた煙草の赤い火が曲線となって残る。
各テーブルには貴族同士のロシアンルーレットでも仕度したようにウェブリー・リヴォルヴァーが置かれているが、それは参加者全員の死を願うように六発全弾が装填されている。
それを片っ端から手に取りながら、指揮官のフェイス・シールドに六発ずつ素早く撃ち込む。
威力不足の454弾では指揮官クラスのシールドを貫通できないが、それでもフレデリクは撃ち続ける。
そして、視界が白く傷ついた銃弾痕だらけになったとき、指揮官はフレデリクの狙いに気づいたが、そのころには目の前に立ったフレデリクがゼロ距離射程の一発を顔に撃ち込んでいた。
――†――†――†――
フレデリクがブリッジに戻ると、今度は提督が嬉しくてしょうがない様子だった。
艦隊同士の決戦というのは運がよくて人生に一度あるかないかであり、それに実際にぶつかって初めて、海軍軍人はその本質を知る。
提督の感情は飛び交う砲弾のように忙しく動きまわっているようだ。
「旦那さま。煙草をお返しに上がりました」
「うん」
手に取って、ケースを開ける。
隙間なく並ぶ紙巻煙草。フレデリクは吸った分を一本、新しく入れていた。




