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満ち足りたサンパン

 船旅も慣れてくると、船酔いに悩まされることはなくなった。

 そもそも空を飛べば、波の揺れとは無関係でいられる。


 機動部隊は途中で見えた島や大きなガラクタがあらわれるたびに、それを確認しに飛んでいき、誰も住んでいないと分かると、新旧口径問わない全艦砲一斉射撃が吹っ飛ばした。中佐が空を飛び、全弾の着弾地点を記録、データ化し、次の射撃に活かすと集弾性が上がり、精度も上がる。


「訓練はし過ぎて損になることはない」


 みなが食事を摂った後、パトリオパッツィが艦内福利厚生と称して人形劇をやった。

 それは海に住んでいたオヒョウが釣り上げられ、切り分けられながらも自我を保ち、フライになって、人間の腹におさまってもまだ自我を保ち、それどころか人間の自我を乗っ取って、新たなオヒョウ人間として、漁業会社を立ち上げ、積極的に仲間のオヒョウをフライにして、人間に食べさせて、オヒョウ人間を増やし、ついに世界はオヒョウ人間のものになるというものだった。


 ちょうどその日の食事が白身魚のフライだったので、艦内福利厚生は乗組員に一抹の不安を与えた。

 前日、提督はパトリオパッツィに自分がいたころ、ロンドンでフィッシュアンドチップスが流行り始めたことを言い、ロンドンじゅうの街角で売られたこの揚げ物は新聞紙で包まれているのだが、油が新聞のインクを溶かして、活字が逆さまになってフライにこびりついていたことを話した。


 おそらくオヒョウ人間うんぬんはこのあたりをヒントにされたのだろう。


 ふたつ目のプログラム、ニラ玉物語が始まった。

 人類は新聞記事がプリントされた油ギトギトのオヒョウか、食べると元気になるニラ玉を選ぶ。愚かな人びとはフィッシュアンドチップスを選んで破滅して、賢く優しく欲望の限度を知る人びとはニラ玉を食べて、いつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。

 おそらくストーリー展開には中佐の強要があったと思われる。


「きみたちも脚本を書いて監督をしてみるべきだよ」


「サー・ハミルトン=ハミルトンという大佐がいたんだがね。その大佐が書いた劇がドレッドノート級のメロドラマで、それがデイリー・テレグラフに流れて、全文公開という狂気の沙汰をされたことがあった」


「つまり?」


「海軍軍人にとって、創作活動はときに致命的なファクターを含んでいる」


「ユウキくん。きみはどうだい? 麗しい兄弟愛をテーマにすれば、退屈だが、ひとつは仕上がる」


「おれたちはその兄弟を倒すために出撃している」


「カレイジャス。こういうことはときどきあるのだ。ヤンキーたちの戦争で南北戦争というものがある。それは国が南と北に分かれた内戦であり、ついこのあいだまで隣人だった同胞と戦う戦争だ。開戦前夜、三人の軍人がいた。互いに親友であったが、故郷への義務から互いにたもとを分かった。『たとえ戦死することがあるなら、友の剣で死のう』と誓いあって。ひとりは南軍、ふたりは北軍。そして、運命のいたずらか、三人の将軍はゲティスバーグの戦いで再会する。一日目に北軍のひとり目が戦死し、三日目には南軍のふたり目が壮絶な戦死をし、三人目も撃たれて重傷を負った。わたしは基本的に教訓は海戦から引き出そうとするが、なかには例外がある。この故事は友情と軍人としての責務はたとえ敵味方に分かれても両立し得ることを我々に教えてくれる」


     ――†――†――†――


 波の高さは一メートルあるかないかで艦隊はきれいな縦列と組んで、航行を続けた。

 すると、中佐から小さな船を見つけたと、入電があった。


『攻撃目標を指定してください』


「中佐。その船はどんな船だ? 武装は? 大きさは? 動力は? どちらの陣営の艦船か?」


『はい、提督。帆船で全長十メートルほど、植物でつくったらしき屋根があり、そこに食料と寝床を整えているようです。乗員はふたりのヒト型ディネガ。武装は甲板に古い自動拳銃が置いてあります。攻撃目標を指定してください』


「中佐。頭のなかで卵とニラを想像したまえ、そして、それを熱いフライパンに落して、フレデリク特製のピリ辛ソースをちょっとかけて、お皿にのせたまえ。想像したかね? した? よろしい。わたしが行くまで攻撃しては控えるように。以上」


 汽艇スチーム・ランチで中佐の発する信号をもとに臨検に出かけると、そこに浮いていたのはサンパンだった。

 ヨーロッパ圏の人間がアジアで見る、小さな屋根がある船をまとめてサンパンと読んでいるが、これはまさしくサンパンだった。

 帆はキャンバス地ではなく、むしろのようなもので、竹の皮でつくった屋根の下に米が入った壺があり、淡水を入れた甕が十以上あった。日の当たるところには傾けた板があり、そこに大きなカツオが開かれて、釘付けにされていた。

 唯一の武装である自動拳銃はいま若い男のズボンに突っ込まれていたのだが、髪が真っ白であり、まるでテラリアのロットナンバー人間みたいだった。


「実際、おれらはテラリア産のロットだよ」


「キヅキ、リアムという同胞の名をきいたことはあるかね?」


「ないな」


「パトリオパッツィは?」


「そいつは同じロットだな。あいつ、まだ生きてるのか?」


「生きているよ。会いたいなら呼ぶが」


「いや、遠慮しておく。お互い気まずいじゃんか。話すことはないし」


「音楽が好きなら、話は弾む」


「音楽は好きじゃないな」


「しかし、きみたちはどうして、テラリアに戻らないのかね?」


「あの何でもツヤツヤピカピカした雰囲気が苦手でよ」


「きみたちもエナメル材質追放運動の支持者というわけだ」


「そんな運動があるのか?」


「いや。敵はそれを妨害すべく、我々を追放したのだ」


「そういうとこだよな」


「提督。シン司令について質問する許可をいただけますか?」


「許可しよう」


「ふたりはシンというロットナンバーについてきいたことは?」


「元老院がつくった突然変異か。優秀だって言ってたな。そいつがどうかしたか?」


「彼の司令する空中要塞と戦いに行く途上なのだ」


「じゃあ、あっちの艦隊はあんたのか?」


「国王陛下の艦隊だ」


「ふーん。空は飛べるのか?」


「その予定だ。ところで、何か必要なものはあるかね?」


 若者は屋根の奥で寝ている仲間で呼びかけた。


「なんか足りないもんはあるか?」


「ないな。青い空、青い海、禁酒中、船に飛び込んでくるマヌケな魚。満ち足りてるよ」


「だそうだ。空中要塞。勝てるといいな」

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