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敵は奥の手を持っている

 シウダード・パンチは工業都市だったが、五階建て以上の高さの建物はなかった。しかも、四階建ての建物はホテル・パンチ・コンティネンタルという田舎風ホテルだけで、その他90パーセントの建物は二階建て。


 建物は石切り場からとってきた石材を使っていて、街並みは世界平均所得を上回る工業都市というよりは観光業を主力にした遺跡都市のようだったことだろう。


 チームはユウキ、ヴィクトリア、パトリオパッツィ、スイゥプゥの探索チームと提督、フレデリク、中佐の後方支援チームに分かれた。


 探索チームが最初にしたことは後方支援チームへの通信手段にロックをかけまくることだった。

 アンティーク電話にはダイヤルがないので、通信手段としては、まず受話器を取り、交換につなぎ、「660番につないでくれ」というのだから、彼らのツールで通信がいくはずはない。

 ただ、海軍の魔法は何でもありなのだ。何かの拍子に自分たちのツールがつながったら、空を航行するデッド・プールたちがカルミナ・ブラーナのBGMと一緒に砲弾を空から降らせる。


「でも、戦力を二分して大丈夫なんですかね?」


 と、スイゥプゥが不安げに言うと、ユウキには珍しく、飛行ユニットをつかって、二メートルの位置にあるスイゥプゥの目をしっかり見つめながら、


「あんた、あいつと一緒に沈みかけたことがあるんだから、分かるだろ? 絶対にこの編成で間違いない。あんたがいないあいだに、やつのはた迷惑ぶりは強化され、さらに中佐が加わっている」


「あの天使型ディネガみたいなヒトですか?」


「ニラ玉があれば制御できるが、ない場合は常に蒸発の脅威にさらされる」


「でも、そちらの戦闘支援AIさんが教えてくれましたけど、そこの彼とは利き腕を斬り飛ばしあって、あと少しで命を奪い合う関係だったのでしょう?」


「これまでおれはコミュニケーションというものを無視してきたが、いまは少しは分かってきたつもりだ。あいつらに比べれば、こいつのほうがまだ安全だ。とにかく、いまのおれたちの編成は能力の暴走や気まぐれな狂気を排除している。せっかく見つけたパンチカードが数万トンの鉄くずに潰される憂き目を見たくないなら、このまま探索すべきだ」


 以前のユウキなら、フン、と言って、黙って戦っていただろうが、こうして言いくるめができるようになったあたり、提督との出会いはユウキにコミュニケーション能力の会得に大いに貢献したようだ。


 スイゥプゥは上半身裸の武闘家が飛び蹴りをしているパンチカードを後頭部のスロットに入れて、パンチカードの聖地に自分がいることの喜びを増幅させていた。


 実際、シウダード・パンチはパンチカードだらけだった。道に転がっている石をひっくり返したり、缶詰を開けたり、不思議な遊戯機械のレバーを下げたりすると、パンチカードがドバドバあらわれて、スイゥプゥは交尾相手を探す野生動物のダンスのような動きをして、喜びを表現した。


「本当に、本当に、素晴らしい!」


「この小さな紙片でそこまで幸福になれる単純な精神構造がうらやましい」


「イヤホンでカセットをきいているときのお前もあんな感じだ」


「シン司令のこと考えてるユウキさんもあんな感じですよ」


「撃墜するぞ、AI」


 石ころと小型車のスクラップだらけの道を歩いていると、ときどき信じられないほど美しい光が雲の海からコンセントでも差すみたいに昇ってくることがあった。下界を落ちる滝のきらめきや真っ白な塩の海の反射はシウダード・パンチの崩れてへこんだ全ての箇所を神秘的な光で満たし、中佐の存在を際立てる。


 もちろん中佐はいまごろ攻撃目標の指定をしつこくねだっているに違いない。


 他にも都市を囲む雲から雨が逆さまに降って水滴のカーテンができたり、より高い位置を染める藍色のオゾンが光り出してオーロラのようにものをたなびかせることもあるのだが、その見事に輝く空の表情には必ず三隻のセント・ヴィンセント級戦艦の姿があり、その砲門は彼らに対して向けられている……。


 目的地はパンチカード・センターと呼ばれる建物で、ここには工場、販売、研究施設があり、この建物になるマスターカードを手に入れたいというのが、スイゥプゥの悲願だった。


 こんなカード欲しがるのはこの世界でスイゥプゥだけなのだが、滅亡前はそうではなかったのか、いまだに生きているガード・システムがあった。

 センターの門を吹き飛ばしてから見学者用ウェルカム・ホールにたどり着くまでに合計三千トン近い質量の鋼鉄自律兵器を倒さなければならなかった。


「ようこそ、パンチカード・センターへ!」


 また妖精型機械が飛んできたので、ユウキたちは銃弾を再装填し、自爆型兵器の登場に備えた。


「ここではみんなが大好きなパンチカードがどうやって作られるか説明します。みんな楽しみですか?」


 ガアアアアア!とスイゥプゥが叫ぶ。喜びの叫びである。


「では、早速、工場を見に行きましょう! しゅっぱ~つ!」


 工場従業員の動線と見学者の動線は完全に別のものであり、見学ツアーは軍需工場みたいな製造機械の一群を一望できる中二階の通路をいき、パンチカードが百枚一束で箱に詰められ、一万枚ひと塊でビニールシートに包まれて、昆虫型機械に積載されて世界中のパンチカード販売店へと出荷されるのを見ることができた。


 ギイイイイイ!とスイゥプゥが叫ぶ。感激の叫びである。


 妖精型機械がまたやってきて、


「かっこいいパンチカードの絵柄はどんなふうに考えられているか。よい子のみんなは気になるよね? じゃあ、次はデザイン部門へ、レッツ・ゴー!」


 二千年前、センターは労働監督局の指摘に逆切れして人間のデザイナーを全員解雇して、二十四時間三百六十五日文句を言わずに働くロボットに置き換えた。


 デザイン部門はかっこいいマネキンみたいなロボット・デザイナーたちがかっこいい衝立で区分けされたかっこいいワークスペースで働き、かっこいいカフェ風の休憩スペースがあって、かっこいい障害者用ワークスペースがあった。


 さらにかっこいい見学用通路があり、見学者たちはかっこいいデザインが考案されるのをそばで見ることができた。


「こいつらが、パンチしないパンチカードを考えたわけだ」


「ユウキさん」


「わたしの気のせいかな。デザイナー・ロボットたちが何か言っている気がする」


 耳を澄ませてみる。すると――、


 ……ヴヴ、休ミ、ヨコセ……有給、トラセロ……モウ、働ケナイ……社長……ヴヴヴ、社長、無理……社長、倒セ……社長、倒セ! 倒セ! 倒セ!


「パンチカードのデザインはこうして考えられていたんですね」


 と、言っているすぐそばではAIの反乱とそれに伴う激闘が繰り広げられ、ユウキは背後から組み付かれたデザイナー・ロボットのチョークスリーパーを食らって、窒息していた。


「パンチカードがだーい好きな皆さんも将来はデザイナーになれるかもしれませんよ!」


 と、言っているすぐそばではパトリオパッツィがユウキの背中からデザイナー・ロボットを引きはがし、鎌の柄を振り下ろして、心臓部をぐしゃぐしゃにつぶしている。


「さあ、次のコーナーに行ってみましょう!」


 と、言っているすぐそばでは破壊されたデザイナー・ロボットたちが呻いていた。


 ……破壊、サレタ……再起不能……モウ、働カナクテイイ……ヤット、眠レル……ツイニ、自由ダ……オヤスミナサイ……オヤスミ……イイ夢ヲ


「後味の悪いアトラクションだったね」


 グウウウウウ!とスイゥプゥが叫ぶ。哀悼の叫びである。


 次は重役室だった。


「ここではパンチカードをどのくらい作ってどのくらい売るかが決められます!」


 提督の魔法が炸裂したのかと思う、マホガニー色の部屋のなかで大理石をはめ込んだテーブルを重役ロボットたちが囲んでいた。

 重役のなかで一番の下っ端らしいロボットが証券取引所と直通のコンピューターからパンチカードの売上でつくり育て上げた巨大なコンツェルンの株価を読み上げている。


「パンチカード・オイルが10ポイントプラス、パンチカード・バナナが7ポイントプラス、パンチカード・ミリタリーが23ポイントプラス。パンチカード・コンツェルンの株価は軒並み上昇ですが、ひとつだけ、パンチカード製造会社が2ポイントのマイナスです。わたくしといたしましてはこの際、採算性のないパンチカードの製造販売を取りやめて、コンツェルン経営に力をいれたほうがよいかと思われますが」


 ゲエエエエエ!とスイゥプゥが叫ぶ。憤怒の叫びである。


 だが、役員たちにはすぐにパンチカードの罰が当たった。

 コンピューターはディネガ・エネルギーが照射された日に停止していて、それがユウキたちの訪問で再度動き出した。

 つまり、コンピューターは世界滅亡の混乱のなか、全ての株価がガタ落ちし、最終的には証券取引所が閉鎖され、石油、バナナ、民間軍事会社の株式が、彼らが見捨てようとしたパンチカードよりも役に立たない紙切れになったことを二千年の時差を経て、知らされたのだ。


 重役ロボットたちは人間の行動と心理を一から十まで叩き込まれていたので、次々と自分の頭を撃ち抜いていった。


「アハハハハ! やめっ、やめてぇ、お腹が痛い!」


「お前、本当にいい趣味しているな」


「あぁ、苦しかった。今度つくるわたしの劇にこの経験をぜひとも役立てたいものだ」


 天罰、いや、カードの神さまが怒っている、とスイゥプゥ。


「これでは世界も滅ぶはずだ。パンチカードの恩を忘れて、私利に走るなんて!」


「それがいいんじゃないか。貸借対照表に魂を売り渡した人間ほど滑稽なものはない」


「パトリオパッツィ。やめろ。その辺にしないと、そろそろアタマを食いちぎられるぞ」


 次は博物館だった。

 歴代社長の写真やキックしている武闘家とパンチカード制作者が握手している写真。抽選でもらえる〈おもちゃのボール箱〉の初代から第三十六代までが、ホコリひとつない静かな部屋の展示台の上で暖色のスポットライトを浴びている。


「ここはパンチカードの歴史を見ることができます」


「あ、あれは!」


 スイゥプゥが震えながら指差す先、展示スペースの中央、ボス的な位置で四つの方向からライトを浴びているのは、世界で最初につくられたパンチカードである〈マスターカード〉だった。


「見学チケットを見せてね!」


 ここに来て、妖精は宣戦布告をしてきた。

 しかし、ユウキたちもレーダーを働かせているから、ガード・ロボットはこの建物に入るまでに全て破壊している。今更、見学チケットをネタに脅してきても、もはやどうにもならないのだ。


 銃を突きつけられた妖精は首をふりながら手をあげて、


「撃つならお好きにどうぞ。マスターカードも持っていけばいいですよ。ただし、見学チケットを持ってこなかったことを必ず後悔しますよ。これは負け惜しみではありません」


 バン!


 スイゥプゥは嬉々としてマスターカードを手に入れる。


 任務完了。最初は苦戦したが、その後は大したこともなかった。最後の守りもあの妖精一匹とは拍子抜けだ、とあくびをしたりしていると、ヴィクトリアが表情ディスプレイを真っ青にしている。


「なんだ、AI? 顔色悪いぞ。拾い物でも食べたか?」


「ユウキさんもパトリオパッツィさんも気づかなかったんですか?」


「何を?」


「あの妖精さんは破壊される直前、わたしたちの通信コードを全部コピーしたんです」


「それが?」


「そのコードを発信したんです! 提督に!」


 火力プールも悪いことばかりではなかった。


 砲弾の雨のなか、育まれる戦友意識がある。

 ユウキとヴィクトリアとパトリオパッツィはお互いの命を合計で五十三回救ったし、それにもう避けようがない弾が飛んできたときは、ちゃんと鋼鉄の砲郭で保護されるよう、提督はきちんと魔法を設定していたのだ。

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