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分析ツール入門

 フレデリクが〈雑草壊滅作戦計画第十九号〉をたずさえて、イングリッシュ・ガーデンを訪れると、ホログラム・モードのヴィクトリアが園亭のテーブルに突っ伏して、ひと筋のよだれを垂らしながら、すぴーすぴー寝息を立てていた。


 そのそばにはデータから起こされたらしいホログラムの本があり、背表紙には『衝撃収束におけるフィールド形成』『具体化量子力学応用』『センサー能力とオーバークロック』『アクシャヤ領域と攻撃抗素』『これで解決!時差ボケ対処法』とある。


「ハッ」


「目を覚まされましたか?」


「あ~、よく寝た。勉強って下手な回復ポッドよりも安眠を促しますよね」


「ですが、この本は題名からすると、ただ睡眠薬の代用にしたとは思えませんね」


「ほうほう。じゃ、どんな共通点があるか、当ててみてください」


「そうですね。これは……あまりにも速すぎる斬撃の正体を探しているように思えます」


「フレデリクさん。ちょっとは悩む素振りを見せてくださいよ」


「いえ、0.0000027秒で算出されるこたえが『これで解決!時差ボケ対処法』のために2.07秒もかかりました」


 ヴィクトリアは手を組んで、真上へ、ん-っ、と伸びをする。


「まあ、ね。わたしも思うところがあるんです」


「ユウキさまですね」


 さあ、っと風が吹き、動くはずのないヴィクトリアの前髪がさらさらと流れる。


「わたしも頑張らなくちゃです。わたしは――ユウキさんの戦闘支援AIなんですから」


「ヴィクトリアさま……」


「もう、あんなユウキさんを二度と見たくないんです。ユウキさんの腕が切断されたとき、もう、わたしは慌てました。戦闘支援AI失格ですよ。正直、システムダウンしてもおかしくなかったんですが、かろうじて食い止められたのは、――あんな事態に耐えることができたのは、これのおかげです。」


 そう言って、音声アーカイヴから検索した音声を再生する。


『……落ちたら痛そう……落ちたら絶対に痛い……』


「これはいつきいても笑いを誘います」


 ハァ、とフレデリクがため息をつく。


「どうやら、わたしの心配は杞憂だったようですね」


「へこたれていられないんですよ。何とか、あの見えない斬撃の正体を突き止めないと、ユウキさん。また負けちゃいます。提督なら勝てるでしょうけど、ユウキさんプライド高いですし、それに提督自身、ユウキさんが乗り越えるのが一番だと思っているんですよね。もちろんわたしもですけど」


「わたしもです。しかし――」


「ん?」


「ロット生産の人間も棄てていたんですね。テラリアは」


「そうですね」


「音楽、が関係しているのかもしれません」


「音楽?」


「ユウキさまや他の兵士は、余暇というものがありません。しかし、そのパトリオパッツィの意識のなかでは明らかに音楽が広い比重を占めているようです。粛清部隊で、そうしたものは余分なものとされます。そして、あれだけの能力のある粛清官が音楽という不確定要素を持ち始めたことを考えると、テラリアの上層部は手を焼く前に棄ててしまう決定をしたのでしょう」


「うん。そうですか。うん」


「ヴィクトリアさま。何かおききしたいことがあるのでは?」


「あるっちゃあるんですけど、きいていいのか」


「どうぞ。おそらく、どうしてわたしが棄てられたのかをおききしたいのでしょうが」


「あー、当たりです。いや、あのですね。あんなに美味しい料理ができて、お庭の花の世話もできて、紳士なフレデリクさんをどうしてテラリアのスットコドッコイたちは廃棄処分にしたのか不思議だったんですよ」


「料理やお庭の世話は旦那さまに拾われてから会得した技ですからね。それ以前のわたしは――わたしはテラリア内での暗殺を主な任務として作られたのです。それで、だいぶ殺して、そして、極めて微妙な問題というものが取り上げられて、まあ、おそらく暗殺するとマズいことが起きる相手を殺してしまったのでしょう。人間が制裁を受けない条件として、暗殺能力の一定削減を要求されて、その削減にわたしが引っかかったわけです」


「ひどい話ですね」


「いま、幸福ですから、別に気にしていません。ただ、もし、わたしの経験が少しでもお役に立てるなら、それも無駄ではなかったかと。そうというのも、どうもパトリオパッツィは過去に固執しているように思えます。本人は隠しているようですが、彼にとって、これまで生きた時間のなかで一番輝いていたのが粛清官として活躍していたころなのです。そこを精神的につくことができる気がします」


「やーい、お前、棄てられてやんの!って言えばいいってことですか?」


「もうちょっと上品に、そして、これ以上ないタイミングをつくことが必要です」


「それは……ユウキさんじゃ無理ですね」


「はい。それができるのはただひとり――」


 英国仕込みの皮肉――提督その人だ。


「ヴィクトリアさま。パトリオパッツィとの戦闘は映像記録として残しているのですよね」


「ありますよ」


「わたしにもいただけますか? 多少なりとも分析機能はありますので」


「いいですよ」


「では――速い。ヴィクトリアさまの通信、本当に速いですね」


「チャキチャキしてますので」


 しばらく、ふたりはパトリオパッツィの斬撃のシーンを再生し、いろいろな分析ツールに通してみた。なかには今の読書で自作したツールもあるが、結論からすると「分からない」という冴えない結末が待っていた。


「速いですね。我々の知覚でも捉えきれないとは。テラリアは彼を廃棄したのは早計だったのでは?」


「これを市街地でやられたら、とんでもないことになりますね」


「分析ツールはあとどのくらい残っていますか?」


「あまり期待しないほうがいいですよ。『これで解決!時差ボケ対処法』をもとにしたツールですから……」


 もちろん、これもダメだった。


「どうにも難しい。……ヴィクトリアさま?」


「フレデリクさん。わたし、分かったかもしれません」


「と、言いますと?」


 さらりと視覚変化があったのち、ひどく旧式の、鈍器といっても差し支えない分厚いノートパソコンがあらわれて、ヴィクトリアは早速入力を始める。


「まず、攻撃抗素の発生時差をポイント・マイナス56に設定して、データクレンジングとデータセット検索回帰増幅ツールをオフ。それで、アンドレイ・カージィのキャッチ近傍数値を最大、トスカーナ領域とアクシャヤ領域の比較イベントを最小にセット」


「つまり――」


「思い切って常識を捨てます。そして、そこにわたしの今日のおやつがオールドファッション・ドーナッツだったことを係数化して、くぐらせると、――出ました。あの速すぎる斬撃の正体。あれは速すぎたんじゃなくて、遅すぎたんです!」

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