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ブラック・マーケット

 ひき肉とカルシウム粉末になる前に退院したユウキが最初に行ったのは提督の〈偉大なるマホガニー・キャンペーン〉によって変えられた我が家ではなく、ベーカリー・ツンツクツンだった。


 ドアのベルをチリンと鳴らしてやってきたユウキを見て、キヅキは、


「来ると思っていたぞ」


「手を貸してほしい」


 キヅキはリアムに「出かけるから店をひとりでまわせ」といい、リアムはブラックパン屋だ!と騒いだ。


「そうだな。今日は黒パンを焼いた」


「そうじゃなくて」


「大丈夫だ。お前はわたしが認めた唯一の男だ。できると信じている」


「口が十個もあるディネガが団体で来て過労死したら、化けて出るからね」


「受けて立つ」


「どうしてだろう。怨霊になっても勝てる気がしない」


 もともと武装を解かなかったのでユウキが右腕を機械化したことは近づいてマジマジと見ないと分からなかった。そして、ユウキは誰かを気安く近づかせないし、マジマジと見させないので、ユウキの腕が機械化したことを知れるものはほぼゼロということになる。


「それで、その腕はどのくらい馴染んだ?」


「日常生活を送れるぐらいは。だが、それだけじゃ足りない」


「わたしがいくつか訓練プログラムを組んでやる」


「いいのか? ベーカリーのほうは?」


「あの機械でお気に入りの曲をかけているあいだは死にはしないさ。ただ、本格的な訓練に入る前に見ておきたいものがある――武器だ」


     ――†――†――†――


 空母甲板は割と開かれたマーケットだった。

 月に〈今月の優秀コイン〉を二枚払えば、電気も使えて、絨毯一枚分の売り場も確保できる。


 ビニールシートとトタン板をロープで縛りつけてつくったパイナップルみたいなテントが並び、売る、買う、詐欺をする、独占資本体を目指す、それ自体が詐欺だった、と経済活動にせっつかれる。

 ここでは商品とコインの交換が本当に利益のあるものなのか悩んだりせず、衝動のまま買い物をする。


 キヅキがユウキを案内したのは不細工な野菜や米の箱で出来た谷だった。歩いているとそのうち、真っ二つになったカジキマグロをブロックみたいに刻んで売る魚屋に出くわした。

 左には楽譜と古雑誌、ラバーカップを売る道が伸び、右にはジャンク品売り場。


 キヅキは右を指差した。


 塗装から考えて、かつて戦闘ヘリが着陸していたらしい広場では扉がなくなった小型電子レンジや有機物に興味を示さない生体レーダーが売られていた。


「あんなもの、誰が欲しがる?」


「それはもちろん小型電子レンジの扉だけを持っていたり、無機物レーダーが欲しい連中だ。その他いろいろ手に入る」


 たとえばキヅキのジッポライターもそうだ。


 それを買うまでは義手の火炎放射器を使っていたが、銀無垢のジッポを買ってからは、誰かに「火を貸してくれねえか?」と言われるのを楽しみに街を出歩けるようになった。


 キヅキが好きなのは細く巻いた葉巻で、一本一本を防水紙に巻いて持ち歩いていた。

 葉巻を吹かしながら、ブラック・マーケットを歩く姿は歴戦の女傭兵。

 そんなキヅキの後ろをついて歩く自分はどんなふうに見えるのだろうか?


「あまり考えないようにするか」


「考えないのは勝手だが、血が買い物酔いして、必要のないものを買い過ぎないようにな。なんで、あのときは欲しくなったのだろうと考えることほど虚しいことはない」


「おれが欲しいのは武器だ」


「ここにはディネガランド最大クラスの武器マーケットがある。手のひらサイズの単発銃から大陸間弾道ミサイルまで何でもだ。ただし、現金決済が条件だ。カネは持ってきたか?」


 ユウキは提督が生み出した金貨を見せた。

 それは南アフリカ植民地のデ・ビアス社が発行した代理トークンで中央にダイアモンドがはめ込まれ、世界で数少ない金ポンドよりも価値のある通貨と言われるものだった。


「それだけあれば、ポケットに国家予算を入れているようなものだ」


「いまだにこれの使い方が分からない」


 武器マーケットは高圧電流を流した金網に囲まれた区域にある。

 そこでは高周波ブレードやサイボーグ用の膝チェーンソーが肉屋のもも肉みたいに軒先にぶら下がり、あらゆる型式のアサルトライフルがラックにかけてあり、真鍮の実弾がチェス盤に並べてある。


 テントの前に吊るされたひと籠いくらの手榴弾、取り扱い説明書がない対空砲、腕の数や足の数さまざま取りそろえた防弾チョッキ専門店。


 二千年前の戦争で使われていたプロパガンダ・コレクションの容赦ない視覚干渉を跳ねのけながら歩くと、子どもたちが熱心にセールスをかけてきた。


「ロケット弾、いらない? いまなら一発買ったら、もう一発ついてくるよ」

「戦術ハッキング・ツール。ボタンを押すだけで敵の兵器がみんな寝返る。これを買わないとあんたたち死んじゃうぜ」

「レバーアクション・ライフルとレバーアクション・ショットガン、レバーアクション・ピストル。レバーアクション式ならなんでもそろえてるよ。レバーアクション・グレネードランチャー、レバーアクション・火炎放射器、レバーアクション・戦術核兵器。今なら親父が片手だけで銃を振りまわして、カッコよく装填する方法も教えちゃう」


 こんなふうに群がってくる少年少女たちのなかでリスみたいなふわふわした尻尾を持つディネガが恥ずかしそうに隅っこでウジウジしていた。


「マルモヒィ。元気か?」


「あ、キヅキさん。まあ、死なない程度に元気です」


「親父さんも?」


「はい。父さんも元気です」


「しかし、お前はあまり元気に見えない」


「まあ、死なない程度の元気ですからね」


「違いない。お前はセールスをかけてこないのか?」


「うちで売っているのは回転式拳銃リヴォルヴァーだけですし」


「そのリヴォルヴァーが欲しいんだ」


「でも、父さんは客を連れてくるなって言うんです。お客ががっかりするのを見るのが何より嫌いなんです」


「いいから案内してくれ」


「はい」


 リス少年マルモヒィの父親の店は空母甲板に開けた穴からもうひとつ下の甲板まで降りた先にあった。

 その広い空間のあちこちで研磨される金属が火花をまき散らしながらわめき散らし、あるいはその金属と融合しているディネガが本当にわめき散らし、まるで歯医者のような空間の、隅っこに慎ましく金網に囲まれた場所に〈ラルモヒィ・リヴォルヴァー販売 どうせあなたもがっかりする〉のアクリル看板が金網にビニール被膜の針金で縛りつけてあった。


「こいつら、本当に大丈夫なのか?」


「何が心配だ? 自己評価がちょっと――いや、かなり低いだけだ。モノは素晴らしい」


 マルモヒィの父親ラルモヒィは息子以上にふかふかした尻尾を持つリス型ディネガでひまわりの種をほっぺたに貯め込んでいるときが一番幸せだった。

 そして、一番不幸なのは自分の売り物を売ることで、彼は世界じゅうのあらゆる生命体が彼の販売するリヴォルヴァーを不良品扱いしているという妄想に悩まされていたのだ。


「いや、無理ですよ。こちらの坊ちゃんにリヴォルヴァーを見繕うなんて」


「そんなことはない。自分の商品に自信を持て。ユウキ、いま使っているものを見せてやれ」


 ユウキはハンドガンを見せた。パルス・リヴォルヴァーの最新機種でテラリアでも一部の精鋭中隊にしか配備されない逸品だ。


「はあ。MMPのマークVですか。テラリアの最新型ですね。こんなリヴォルヴァー、普段から使ってるなら、絶対にうちのリヴォルヴァーに満足するはずがないですよ。やめましょうよ」


「いいから、見せてやってくれ」


 ラルモヒィは最後のクルミを明け渡すリス革命軍の隊長みたいにしぶしぶ箱を取り出し、真鍮の留め金を弾いた。

 なかにはビロードの内張がされていて、大きなリヴォルヴァーがぴったりはまり込んでいた。


 全体はくすんだシルバー仕上げだが、六インチの銃身の上と下を黒い鋼のガードがついていて、グリップは五本の指を持つディネガ向けに作られていた。

 装弾数は八発。三五七マグナム弾。薬莢には無煙火薬の可能性をギリギリまで攻めたものが充填されている。


 手で持ってみると、グリップが瞬時に変形し、ユウキの手にぴったりと馴染んだ。


「試しに撃ってもいいか?」


「もちろんです。でも、きっとガッカリされますよ」


「暴発でもするのか?」


「ぼぼぼぼぼぼ、ボウハツ!?」


 店の隣に鋼鉄板で挟んだ細い道のようなものがあり、そのどん詰まりには穴だらけのマネキンが一体置いてあった。

 ユウキがたった一レーンの射撃場に入ると、リスの親子はリスをダメにするクッションをユウキのすぐ後ろにドンドン積み重ねていった。


「あ、気になさらないでください。ちょっと安全策を講じているだけです。でも、真相を知ったら、ガッカリしますよ」


 クッションは大いに役に立った。

 引き金を引いたら、発射の反動で暴風雨にでもぶん殴られたみたいに後ろへすっ飛んで、リスをダメにするクッションに深くめり込んだからだ。


 しばらくもぞもぞして、ようやくキヅキに手首をつかんでもらって引っぱられると、ラルモヒィとマルモヒィは今日のセールスが致命的な一撃によって終了したことにホッとしていた。たったいま、ガッカリされたが、もうこれ以上ガッカリされることはないのだ。


 だが、ユウキは――、


「この銃は銃弾命中後の炸裂は可能か? つまり、ひとりに当てたら、弾が分裂して、他に三人に命中できるか?」


「弾頭に小型の炸裂管理コンピューターが搭載されてますから可能です。ガッカリしました?」


「いや」


「え? じゃあ、どうやってガッカリするんです?」


「ガッカリされたいのか?」


「いえ、ガッカリされたくないです! 本当にガッカリされたくないです!」


「この銃はサイレンサー・モードには?」


「できます。ただ、MMPみたいにコード入力を銃に向けて発信してというわけにはいかず、このサイレンサーを銃口につけないといけません。ほら、ネジが切ってあるでしょ?」


「もう一回試させてくれ」


 ユウキはキリキリと鳴るサイレンサーを銃口につけて、マネキンを撃った。


 パシュッと銃声は小さくなり、反動はそのまま、後ろへ吹っ飛び、リスをダメにするクッションにまたもや深々とめり込む。


「マルモヒィ、ついにお客がガッカリされるぞ」


「父さん。どうして僕らはガッカリされるの?」


「売り物がガッカリするものだからだ」


 そんなわけでユウキがデ・ビアス社のダイヤモンド金貨を置いて、この銃をもらおうと言ったとき、親子はひどく驚き、お互いの頬をひまわりの種でいっぱいにしてから、バンバンと両側から叩き、飛び散り顔にぶつかるひまわりの種でこれが夢ではないことを確かめた。


「ど、どどど、どうして、お買い上げに? やっぱりガッカリして、返品しますでしょ?」


「確かに使いこなすのは難しいが、これを扱えるようになれば、戦力が数段上昇する。弾も一緒にくれ」

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