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海軍の魔法

「清潔だが、情緒がない世界。士官学校を思い出すよ。寮監にガーゴイルみたいな顔の男がいて、その男ときたら――」


「どうしておれが……」


 軍務省からの命令はユウキが提督の身柄を預かり、ログを定期的に発信すること。

〈林檎〉に記録がなく、存在しないことになっている老人に秘められた力が軍務省のさらに上、となると、元老院が提督に興味を持っている。

 反重力デバイスもないのに、あれだけの鉄の塊を宙に浮かべたこと、宙からあらわれた軍艦は提督が提示した条件を呑むと、また宙に消えた。

 亜空間リソースが絡んでいると思われるが、その技術はテラリアでもまだ開発途上だ。

 非常に有益な情報を持っている一方で、敵にまわせば厄介なことになる。


 それが上層部の決定だ。


 問題は提督がどうせ住むなら、知った顔のところがよい、と言って、ユウキが指名されたことだ。

 ユウキは臨時監察官の職位を与えられたが、実質的には世話係だ。

 だいたい、知った顔、とはいっても、知り合ったのはほんの数時間前。

 今朝、出撃するときはこんな老人がこの世界に存在していることも知らなかった。

 いつも通り出撃し、いつも通り〈ディネガ〉を撃破し、いつも通り報告をし、メンテナンスをして、スリープ状態に入る。そのはずだったのだが――。


「きみのことを過小評価していた。きみは毎日、あの研究部門という実に下らない尋問を繰り返す官僚機構の相手をしているのかね? 大したものだよ。わたしなど、あともう一度、これと同じことをするなら軍法会議にかけられて銃殺されたほうがまだマシだと思ったよ。ところで、わたしが住む予定の家はどこかな? ここは待合室か何かだろう?」


「ここだ」


「ここ?」


「文句があるなら、別のところに行けばいい」


「そうかもしれないが、他に知り合いがいない」


「知り合い?」


「この世界に来て、命をかけて戦うきみの姿を見た。つまり、わたしはきみの観戦武官だったわけだ。観戦武官たるもの、ひとつの戦闘を見れば、彼はその戦士たちの全てを知ったことになる。そうではないのかね? ところで、家具に情緒がないのはいかんな。部屋は広いがひとつだけ。ひとつたずねるが、もし誰か客が来たら、どこで応接するのだね? まさか、その清潔だが味気ない正四角形のテーブルとは言わないだろう?」


「その清潔だが味気ない正四角形のテーブルを使うことになっている。そもそも、おれを訪れる客はいない」


「スコットランドの洞窟に棲む伝説の人喰い一族と大差ない暮らしを自らに課すのは何かの罰かね? それとも孤独な生活で自分を追い込み、精神の高みを望もうとする隠者の狙いがあるのかね?」


「特に意味はない」


「まさに隠者の言葉だ。ところで、この部屋にはベッドがないな。まさか、あの大きなガラスの棺桶が寝る場所だなんて言わないでくれたまえよ」


「休息はあのポッドで行う」


「わたしは文化的相違に打ちのめされつつある。しかも、このガラス筒はふたつある。わたしにこれを使えと?」


「……おれが置いたわけではない」


「わたしはこんなもの使わないぞ」


「好きにすればいい」


「では、そうしよう。それと食事はいつ来るんだね? この部屋には専属コックはおろか、調理用の設備が一切見当たらない」


「そこにある」


「そこ、というのは応接テーブルの上にのっている青、赤、黄色の謎の四角形のことかね?」


 ユウキはパックを手に取ると、そのチューブからなかの食料を吸い込んだ。

 提督は首をふり、


「フランス人どもが我がブリテンの食事をなんと言っているかは知っている。ずんぐりとして美意識の欠片もない戦艦をつくり、あまつさえそれを世界にばらまく国だが、確かに料理はうまい。だが――」


 ユウキは提督から逃れるように背を向けると、コンソールに生体データを入力して、回復ポッドのカバーを開いた。人の形にくぼむ恒温フォームの上に仰向けになり、スリープ・モードへ移行した。


 老人の能力についていろいろきかなければならないのだろうが、いまはとても疲れていた。

 それは戦闘による疲弊ではない。よく分からないが、とにかく、この老人を相手にすると疲れる。


 この老人からあの不可解な力について、ユウキは何をききだせるだろうか。おそらく研究部門に述べたこと以上に分かるものはないだろう。


 曰く――わたしは海軍の魔法にかかったのだ。

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