提督抜き
ベーカリー・ツンツクツンは大忙しで猫型ディネガの手も借りたかったし、実際に借りていた。その契約は傭兵契約に似た文章で作られ、雇用側と被雇用側がそれぞれ一部ずつ保管することになった。
「ギルドに入られても面白くないからな」
キヅキは焼きたてのオレンジパンを素早く、かつ美味しそうな光の当たり具合を心得たプロの技で棚に並べていく。
「一度、あったのだ。完全に油断していたが、ギルドの調査員はわたしたちが一度も魚型ディネガを雇ったことがないことをつついてきた。パンを焼く熱に耐えられないからだとこんな簡単なことを理解させるのに何時間も説得しなければいけなかったし、何回もギルドへ行かなければいけなかった。テラリアにいたときは考えたこともなかったが、労働契約書は元老院の決定よりも重大な意味を持つ。とにかくあんな面倒事は今後一切ごめん被る」
「帰還後の研究部門の質問や調査とどっちが――」
「ギルドだ。間違いなく」
そこまで言われて、ギルドを敵にまわして自警団に行かないかときくこともできず、ユウキは単独で任務を受けることにした。
――†――†――†――
ギウイ・フィッシュが重度のケミカル・ワームでほろ酔いとレロレロのあいだをさまよっているのは広く知られた話で、ラリっているあいだ、彼は自分が海にいるような気になっていた。
「おい、ギウイ」
「なんだ、このサバ? しゃべるぞ」
「おい」
「冗談だ」
「自警団に何か任務はあるか?」
「あるっちゃ、ある。今回はちょっとハードだぞ」
「構わない」
「リアムとキヅキは?」
「本業が忙しい」
「提督は?」
「おれだって、たまにはあいつから逃げる権利がある」
「権利ってのはな、政治家を抱き込んで、法律を勝手に書き換えられる連中のもので、おれたちしがない自警団風情には見ることも嗅ぐことも許されないんだよ。でも、まあ、あのじいさん、しつこく戦艦のスペックを刷り込もうとしてくるからな。わかった。じゃあ、これはお前に頼むわ。いまからマップをお前さんのデバイスに送ってやる。まず、それを見てみろ」
そのあいだ、わずか0.47秒。
ブレスレット型の端末で作戦区域マップのホログラムを浮かび上がらせる。
「この説明が一切ない赤い点はなんだ?」
「観測装置が置かれてる場所だ」
「誰が何を観測している?」
「テラリアが何か分からんものを観測してる。でも、野鳥の生態とかじゃないのは間違いない。二個特務中隊が入ってるし、〈掃除屋〉からも応援をよこしてやがる。もし、万が一、やつらが調べたいのがおれたちのことだとすれば、これはちょーっとばかし、厄介だ」
「やつらからすると、ここはディネガの巣だからな」
「ぶっ殺されるくらいで済めばいいが、一番最悪なのはとっつかまって、研究センターに送られて、粒子分解調査法にかけられて、ケツの穴がひとつまたひとつと砂に溶けるみたいに消えていくのを見せられることだ」
「しかし、観測装置は――全部で八か所か。全て市街地だな。ずいぶん離れている」
「お空を飛べばいい。観測装置自体のデータも送ってやる」
そしてやってきたのはPQ226Kエネルギー検知デバイス――エナメル加工プラスチックに包まれた精密レーダーの塊、小さな羽虫から巨大ディネガまであらゆる生体はもちろん、環境に影響を与えるクラスのエネルギーまで検知し、設定すれば、細菌ひとつの行方を追い続けることもできる。このデバイスが設置された半径五キロメートル以内限定だが。
「お前の支援AIならこいつをこじ開けられるか?」
「分からない。解除コードを持っていたとしても、おそらくもう更新されているだろう」
「防御は?」
「破れるだろうが、確かな約束はできない」
「おれとしてはテラリアンどもがこいつで何を調べているのか知りたい。分析もしたいから内部のデータを持ってきてくれれば一番だが、それがダメだったら、中身をその場で調べて、使えそうな情報がないか探してくれ。それもできないほど頑固な防御なら、もう物理で構わん。ぶっ壊しちまえ」