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ヨルムンガンド

 河川砲艦ガンボート


 帝国主義が円熟を迎えた十九世紀末。

 砲艦は〈浮かぶ領事館〉と呼ばれていた。大英帝国の植民地で原住民がキレて、イギリス人はもちろんフランス人やイタリア人、ドイツ人などに無差別殺戮をかけてきたとき、ヨーロッパ人たちが逃げ込むのが、川に浮かぶこの砲艦なのだ。


 たいていの原住民は槍とマスケット銃しか持っておらず、大砲の類は持っていない。

 それに船は帆掛け船が精いっぱいだ。


 だから、装甲板と速射砲で武装した河川砲艦に攻撃を仕掛けることはできず、それどころか河川砲艦は逆に原住民たちに情け容赦ない一方的な砲撃を食らわして粉砕することができる。


 そうやって、マフディ教徒や義和団ボクサーをバラバラに吹っ飛ばした。ザンジバルの君主スルタンは開戦三十八分で砲艦に吹き飛ばされて降伏し、史上最も短い戦争の記録の保持者となった。


 そんなわけなので、提督が今回の調査旅行に河川砲艦を出さないわけがなかった。


「この〈メリク〉はジョン・ソーニィクロフト・アンド・カンパニー・リミテッド製、起工1896年、進水1897年、完成1897年、排水量134トン、全長145フィート、そして、カレイジャス。速度は?」


「どうでもいい」


「そう言わず、心に浮かんだ数字を口にしてみたまえ」


「21.0」


「正解は12ノット。10+2。2と10だよ、カレイジャス」


 この船はスーダンのマフディ教徒のマスケット銃や小口径の青銅砲を跳ね返すためにブリッジと砲甲板を装甲板で囲み、マキシム機関銃が左右にそれぞれ三丁ずつの計六丁、大砲は十二ポンド砲が砲甲板で前と後で一門ずつの計二門。


「船が沈みかけているぞ」


「失敬な。喫水は六十センチあるだろう?」


「たったそれだけか?」


「この艦は波の高い外洋で走らせるわけではない。ナイル川のような穏やかな川を遡る」


「武装か装甲を外せ」


「この絶妙なバランスがいいのだよ。青ナイルと白ナイルが合流する地点で真横からマフディ教徒の砲弾を三発連続で食らったときの、あの際どい傾きと甲板の水のヒタヒタ具合が忘れられない」


 砲甲板ではキヅキとリアムが、この船に救命ボートがないことに気づいてしまっていた。

 提督にそれを言ったところで「それが何か?」と返されるだろう。

 そもそも、ふたりともユウキが使っているのよりほんの少しだけ型が古い多目的ユニットを装備しているので、空が飛べる。提督の返答もそれほどおかしなものではない。


 砲艦メリクはマングローブのあいだにできた泥水のたまり場を燃やした石炭の力で進んでいた。マングローブ林のなかには推定五千年前の文明が関与している石像が数多くあり、そこに二千年前の文明が上乗せされていて、強く茂ったマングローブがこのふたつの文明の遺物をトランプみたいにシャッフルしていた。


 今回の調査旅行の主役である学者スイゥプゥは恐鳥類のくちばしをした頭の後頭部にパンチカードの読み取り機を組み込んだディネガで、彼の得た知的経験や発見その他もろもろはパンチカードの形で得られていた。


 ただ、そのパンチカードは細かい穴を開けられたよくあるパンチカードではなく、拳法の達人らしい男が飛び蹴りをしている絵が描かれたボール紙でできていた。

 穴がパンチされていないし、百歩譲ったとしても、絵のなかの男はパンチをしていない。


「こうした矛盾にさらすことによって、頭脳の働きにスパイスがかかるんです」


 見た目は二メートル以上の身長があり、足は肉食鳥類のもので履いている巨大な鉄板靴で爪の数だけ存在するつま先が早速裂け始めている。怖い見た目だが、気の優しいとっつきやすいヒトで、パンチカードさえ絡まねば、常識的な行動をとることができた。


 そう。スウィプゥの目的はディネガ・エネルギー到来前の文明において流通していた、このパンチカードを集めることだった。

 彼の推測では、このパンチカードは伝説の山岳都市で製造されていて、そこに行けば、どんな情報もパンチカードで得られる。


 提督以下自警団員はパンチカードを見つけたら、ただちにスウィプゥに報告する任務が発せられた。


「馬鹿馬鹿しい」


 と、ユウキは言うが、川をさかのぼりながら、踊り子の石像の後ろにあったパンチカードを目ざとく見つけて持ってきたのはユウキだったし、突然、潜水用マスクをつけたかと思ったら、川に飛び込み、巨大なナマズを締め上げて、カードを吐かせたのもユウキだった。


 ユウキは間違いなく任務ジャンキーでパンチカードをスウィプゥに渡すときのユウキは目がちょっと輝いていた。


「なんだかんだで『ミッション、完了』って言うのが好きなんですね」


「別に。引き受けた以上は最善を尽くすだけだ」


「ほんと、素直じゃないですねー」


 そのうちだんだん川幅が増してきた。

 さらに水が透き通り、川底で蔦が建物や車両をがんじがらめにして沈んでいるのがはっきり見えるようになった。森はマングローブひと筋から複雑な植物相のジャングルに変わり、河口では見られなかった極彩色の鳥や牛みたいなげっ歯類が甲高い声でメリクを威嚇した。


 さらに――、


「敵性反応!」


 ブリッジにいる提督から見て、三時と九時の方角にウェポンがあらわれた。

 なるほど、ギウィ・フィッシュの言う通りで、戦闘用バギーの華奢なパイプ車体に肉が自由に飛び散っているものから肉も毛皮も一切見えない根性決まった二足歩行型兵器まで、その肉:武器の比率は様々、予想される攻撃も防御も様々。


 見敵必戦の精神でブリッジのマキシム機関銃を撃ったが、ウェポンたちはすぐにジャングルに引っ込んでしまう。

 そして、撃つのをやめると、ウェポンたちはまた姿をあらわし、機関銃で撃つと逃げる。


「ははあ。これは罠だな。よかろう。ちんけな敵をちびちび沈めるよりは主力艦隊を撃滅すれば手っ取り早い」


「あの提督さん。パンチカード探しを忘れないでくださいね」


「無駄だ。こいつはもう敵と戦うことしか頭にない」


「そんなぁ」


 メリクを挟む川幅はさらに広がり、大きな湖となった。

 湖岸にはウェポンたちがぎっしり集まっていて、湖から突き出した数本の高層ビルの残骸もウェポンが満席にしていた。


「あー、リトル・レディ。これは推測なのですが、この湖にとても大きな敵が潜んでいませんか?」


「奇遇ですね、提督。わたしもそうじゃないかなって思って、いまレーダーをかけたら、ちょっと尋常じゃない大きさの敵性反応を見つけたところです」


「わたしが思うに、ここはウェポンのコロシアムではないかと」


「コロシアム?」


「丸腰の人間と凶暴な肉食獣を戦わせて、それを見て、楽しむ施設です」


「それは、なんというか、趣味が極まっちゃっていますね」


「まったく哀れなものですな」


「ほんとですね。勝てるかどうか」


「勝てますとも、リトル・レディ。船尾に英国国旗(ユニオン・ジャック)を掲げる艦船に喧嘩を売ればどうなるか、しっかり教訓として残してやりましょう」


 それから提督は舵輪をフレデリクに任せると、ブリッジから見下ろせる砲甲板の舳先側にある十二ポンド砲のもとへ降りていく。


 ハンドルをまわして、狙いを少し下げる。


 巨大な大海蛇シーサーペント型のウェポンがあらわれた瞬間、提督は信管につながっているロープを引き、ウェポンの装甲鉄板まみれの顔に榴弾をぶち込んだ。


「いくぞ、AI!」


「はい!」


 ユウキがヴィクトリアと空へ。間髪入れず、キヅキとリアムも空へ飛び、高度を稼ぐ。


 上空から見下ろすと、このウェポンはメリクを余裕で囲むことができるほどの全長二百メートル以上。


(頭部にパルス弾を撃ち込んで内側から破壊すれば――ッ!)


 おそらくこのコロシアムで同じようなことを考えた敵と何度も当たってきたのだろう。

 鋼鉄製の海蛇の鱗が逆立って、機関銃搭載のプロペラ・ドローンが何十体と飛び出してきた。

 これでは本体への攻撃どころか接近すらできない。


 ドローンたちは構造上、上空へ機関銃は撃てない。

 だが、プロペラの体当たりは可能で、思ったよりも上昇能力は高い。


 三体のドローンの急上昇を宙返り飛行でかわし、天と水が逆さの状態ですれ違いざまにハンドガンで牛の目ランプのようなセンサーを次々と撃ちぬく。


 ――機銃弾、上方、29.3度!


 通信ツールでヴィクトリアから持ち込まれた情報を0.2秒で把握し、レーザーブレードに内臓されている高周波シールド機能を使うと、目に見えない音の壁に7.62ミリ弾が次々とぶつかって、潰れた形のまま真下に落ちた。


 それでも無駄弾を撃ち続けるドローンをキヅキの対物ライフルが木っ端みじんに吹き飛ばす。


 キヅキは骨董品と言ってもいい、対物ライフルと分厚い造りの蛮刀マチェテを使い分け、ドローンたちを撃墜していく。


 それらはテラリアから持っていた兵器を全部捨てて、自分のスペックに合う強力な攻撃手段を旧時代から求め、改造に次ぐ改造で本人しか使えなくなるまで高めた代物だ。

 しかも、蛮刀マチェテはライフルに銃剣として装着できるので、近接特化の戦闘で薙刀のごとく敵を斬り捨てられる。


 それに対し、リアムの武器は上級駆逐員ハイ・エグゼキューショナーのころから使い続けている連結衝力機能を持つ太刀だった。

 通常の刀としての斬撃も可能だが、特殊なツールで衝力を解放すれば、刀は黄昏の暗がりのような光で連なった数千の微細な刃となり、鞭のごとくふるって、数メートルでも百メートル先の標的でもズタズタにできる。


 自警団の職務に夫婦喧嘩の仲裁が含まれていることを考えれば、リアムとキヅキにはいつまでも仲睦まじくいてほしいものである。


 戦いはどんどん苛烈になっていくが、そんな最中でもユウキは希望を捨てなかった。

 提督があの白い制帽をひとつ残して湖の藻屑になっているのではないかと思って、時間をつくっては水面に目を向けるのだが(その時間は命中率を犠牲にしたハンドガン連射モードで稼いだ貴重な一秒なのだが)、提督の名は伊達ではなく、うまくメリクを操って、まだ生きている。


 ただ、その機敏さは明らかに最高速度12.0ノットなどではなかったし、喫水60センチの船がやってはいけない急カーブを右へ左へ繰り返して、甲板の三分の一が水面下にある状態なので、次に見たときは沈んでいる可能性が大だった。


 提督はブリッジにいて、双眼鏡を目に当てて、舵輪を手にしているフレデリクに指示を飛ばし、突然あらわれる鋼鉄蛇のアーチやドローンの銃撃を避け、隙を見つけるや砲甲板に飛び降りて、十二ポンド砲をぶっ放し、確実に敵を削っていた。


 ユウキたちがドローン相手の戦いから抜け出せないのだから、本体を相手にできるのはメリクに積まれた十二ポンド砲だけなのだ。


 ドローンの機銃弾が装甲板でガツンガツンと音を鳴らし、やけどするくらい熱い大砲の空薬莢を外に放り出し、スウィプゥはもはや生きた心地ではなく、甲板に朝食べた培養肉ポタージュをもどしていた。


 ユウキはまたドローンの撃墜戦に身を投じ、次に稼いだ一秒で見たときにはメリクは斜めに傾いて、船尾から沈んでいき、提督もフレデリクもスウィプゥもブリッジに避難していた。


 上部構造の七十パーセントが沈んでいたが、提督が焦らず十二ポンド砲を発射した。大砲はその衝撃で車輪止めが外れてしまい、そのまま斜めに滑り落ち、水面に落ちた。


 だが、砲弾は見事、油圧シリンダーで大きく開いたウェポンの口のなかへと命中した。


 ただ、爆発はしなかった。


「どうも信管が死んでいたらしい。砲兵工廠に文句を言わねば」


 泳げない人間にしては落ち着いたことを言っている。


「あの、わたしたち、どうなるんでしょう?」


 スウィプゥが不安げにいい、フレデリクはレイピアを抜き、左手には投げる目的で小さなナイフを三本ほど指に挟んでいる。


 提督は双眼鏡で前方を見た。そこには大きな口を開けて、突進してくるウェポンの姿。


「まあ、何とかなる。見ていなさい」


 気づけば、提督の手にあった双眼鏡がホーランド&ホーランド製の最高級の二連式猟銃に変化していた。


 銃身を折って、二発の実包を装填すると、砲台の外に出て、斜め四十五度に傾いだ装甲板の上に身を横にして、こちらにまっすぐ猛進する怒れるシーサーペント型ウェポンを狙った。


「そんな銃で倒せませんよ!」


 お気に入りのパンチカードを後頭部にセットして死の身支度を整えようとするスウィプゥに提督は高らかに笑う。


「落ち着きたまえ。ジョン・ブル魂は海蛇相手にくじけはしない」

 

 そう言って、提督は引き金を絞った。


 発射されたスラッグ弾は熱く焼けながら銃口から飛び出し、もう四十メートル先までせまっていたウェポンの口のなかに飛び込み、口腔内上部に刺さっていた不発弾の尻にぶち当たった。


 派手な爆発でウェポンの上顎は頭からちぎれて、天へと伸びあがる火柱の上でグラグラ揺れて、それと引き換えに数百に及ぶドローンたちはプロペラがぴたりと止まって、墜落していった。


     ――†――†――†――


 湖に巨大な戦艦が浮かび、シーサーペントを倒した老人が沈みかけた船から戦艦に乗り換えて、数発の空砲を撃ったのち、湖を出ていく。


 後ろで編んだ長い銀の髪を風になぶらせながら、ひとり、青年が水没した塔から伸びる大木の枝に立ち、端整な顔に歪んだ笑みを浮かべる。


「面白い」


 青年の視線は一度だけ、老人の視線と重なった。老人は双眼鏡でシーサーペントのさらに向こうの、水に孤立した廃墟にある、灯る暗い欲望の碧い瞳をはっきりと見ていた。


「テラリアのものではない。ディネガでもない。そして、ウェポンでもない。クックック。素晴らしい。音楽のにおいがする。それもこれまで嗅いだこともないような、素晴らしい惨劇の音楽が」


 大木のふもとにウェポンたちが集まる。


「追うな。今日はもういい」


 と、通じるはずのない命令をする。


 ウェポンたちがそれをきかずに追おうとする。


 青年は枝の上に腕を組んで立ち、少しも動いてはいない。

 少なくとも生物が知覚できる範囲では。


 だが、命令をきかなかったウェポンたちは両断され、オイルをまき散らしながら、左右に飛び散った。


「もういいとわたしが言ったのだ。わたしの音を邪魔するものは誰であれ許さん」


 感じるはずのない恐怖を感じ、ウェポンたちは青年に従う。

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